白銀の尻尾
沖常の背中の方に美咲が隠れたので、あっ噂の盾だぁ! とはしゃがれてしまって、神々のあまりの噂好きにがくりと頭を垂れることになった。
「雨は移り気、影は濃く、人の心にはつけ込む隙が広がるなあ──」
沖常はゆったりと、句でも読むように呟いた。
そして影の神の方を見た。その後の言葉を託すように。
「しかし影は影響を与えるにすぎないさ」
見てよこの明るさを! と影はからりと笑った。
人差し指を立てて両ほほにぷにっと当てるしぐさ。美咲もつい真似してしまった。
黒い姿は暗いのだが、言動はどこまでも明るく言葉遊びも含めて「カゲクンさん」はあくまで愉快だ。子どもの遊びにもなるっけ、と影送りをした昔を美咲は思い出す。
影の神そのものは明るい。善の神だ。
ただ他人の心を濃くしてしまうだけ。
「人の心の舵を自分が持っていたら、大丈夫だよ。流されてしまわないようにね。覚えておくといいよ、そして畏れずに気をつけるといい、美咲。安心できたかい?」
「おきつねさんの言葉遣い、カゲクンさんが映ってます」
「むう」
「ふふ。安心できましたよ。教えてくれてありがとうございます」
美咲が微笑みかけると、沖常もそっくりの笑みを浮かべた。
沖常の狐耳がごきげんに揺れて。
ゆらりと羽織の裾がもちあがる。ふかふかとした白銀の毛。
「…………尻尾!」
「あっ」
「おーや彩りの神よ。君が感情を身につけているなんて珍しいね」
感情を身につけている、という言葉を美咲は考える。
自分は感情を全て持っているけれど、もしもそれがなくなったら? 空っぽになるかもしれない。空っぽにならないくらい、沖常の心の層は厚いのだ。何千年の層の厚さ。
もしも一つの感情だけ強くなったら? 大きく乱れてしまうだろう。沖常ははるかに揺らぎが小さい方なのかもしれない。何千年の経験の豊かさ。
それに比べて自分はなんて矮小だろうと思う。
それなのに何を伝えて、何が言えるというんだろう。
ふと、美咲の影が濃くなった。
背中を押されたように言葉が溢れる。
「おきつねさん! 尻尾、すすすてきです」
「そ、そうか?」
言ってしまってから心臓が潰れそうだ。
こんなこときっと何度も言われただろう。
こわいのは、前にも言われたことがあるなぁと、自分ではなく昔の誰かを思い出されてしまうこと。
自分はおそらく美咲のままで沖常に受け止めてほしいのに。
それならもう一歩、自分らしく進んで見たら?
面白いから!
影が揺らぐ。
「おきつねさんの尻尾を、店舗に置きましょう」
「まてまて」
後ろにいた炎子が爆笑して転がった。
障子を破ってしまうくらいなりふり構わずだ。
「こ、言葉が足りませんでした。おきつねさんの尻尾のように触り心地のいいものを、店舗商品に加えたいです。ここは『お狐様の雑貨店』なのですから、キャッチになりますっ」
「きゃっち」
「他と差別化するための象徴です。雑貨店、ならたくさんありますが、狐の姿を模した和風雑貨を多く扱う雑貨店というと珍しいです。ここは四季”堂”ですから六月ならではの狐商品として、触っているだけで癒される狐抱き枕であるとかクッションであるとかを推奨したいですますね!?」
「大変な早口でよくしゃべる。触っていると癒されるのか……?」
「実証してみようかと」
美咲が、じり、と沖常の尻尾に手を伸ばす。
ぼふ、と尻尾が逆立ってふくらんだ。
「すまない、覚悟が決まるまで待ってくれ……」
「アハーーーーーッッ」
影の神がのけぞって、軒先から庭に落ちていった。
頭を打って「イテテ」となりながらもゴロゴロ転がりつつ笑っている。
「い、彩りの神よ、よりにもよって身につけた感情は『制』なのか。自らを制したい、本能ではなく“意”のままに操りたいという感情を身につけていたのかい。たしかにそうしたら物事を利己的に進めることができるだろうさ、着物を早く仕上げるために蚕婆様と迅速な打ち合わせをしたりね? 従業員クンに冷静に対処できたりね? れ、冷静、ゲッホゲッホ」
「うるさいぞ」
沖常は半眼で影の神を見下ろしている。
見つめられて嬉しそうな表情になった影の神から、プイと目を逸らしてやった。
「……そうか、尻尾のことを美咲は知っていたのだな。うん、今炎子から聞いた。あやつらめ……彼岸丸はもちろん、炎子は俺の感情のくせにワリと隠し事をしたりもするのだ。俺の感情だからこそというか」
早めに言っておけばよかったかなぁ、と悩む様子を見せた。
「俺からも言っておこう。六月には『梅舞い』の儀式があり、神々が集う場にゆくから、それに向けて調子を整えている。尻尾を戻したまま動くのも久方ぶりだから、距離の取り方から足の運び方まで、なにかと勝手が違う。幽霊のようにふわふわした虚構ではなく実態の尻尾なのだから」
(拗ねた表情……?)
「別に、お前のためにやったわけじゃないんだから」
(ツンデレだーーー! 肆ちゃんはツンデレの素質もあったのか……)
小さな三人の炎子たちが、てててと美咲の側にやってきて、スカートの裾を引っ張った。
「美咲。もしかしてちゃんとわかっちゃった? 今の沖常様、美咲のために無理したわけじゃないから競うなよーって言いたかったんだぜ」
「おれたちくらいにしか分かんないと思ってた。すごいぜ美咲」
「拗ね方いつもよりだいぶマシ」
「「それなー」」
つまり肆の影響を受けた沖常は、いつも超絶ツンツンであるところを、美咲がいるのでツンデレにまでマシになっているらしい。
「神様って個性的だねぇ……」
「そりゃあ、そうさ……」
「と言いつつも彩りの神よ、顔を逸らしていて気まずそうじゃないかい!」
からりと影の神が笑う。
「呼びつけられて用事もないなんてと正直憤慨してたけど、面白かったから、ボク、満足」
ぽかりとまた沖常に叩かれた。
影の神様は「他人」を話のタネにしすぎるので、苦手とされてしまいがちですね。
読んで下さってありがとうございました!




