看板作るよ!
美咲たちは外に出てきた。
玄関の横には、立派な紫陽花の株が植えられている。
彼岸丸が昨夜、大きな穴を掘り、しっかりと紫陽花を植えたそうだ。中庭に全て納めようとすると景観のバランスが崩れそうだったので。
(夜中にシャベルで穴を掘る彼岸丸さん……映像が怖いな……)
「ご心配なく。鬼の金棒を使いました」
「何を読んだんですか!?」
「強いていうなら空気です」
無心だ。
看板のことを考えよう。
「店名をどどーんと? それとも小ぢんまりと?……どどーんがいいかな。彼岸丸さんのご意見もうかがっていいですか……?」
怖がって連携を取れずにいたら、美咲はきっと従業員失格だ。勇気を出す。
「つまりどのくらいの大きさ?」
「この細道の終わりからみて、あの一軒家が【四季堂】っていう雑貨屋さんなんだ、って認識されるくらいの大きさがいいですね」
美咲は走っていって、細道の終点から目を細めた。
柳の葉っぱがそうっと屋根にかかっているところ、紫陽花の大きな株に隠れてしまうところはだめだ。
店の横側だと影になってしまって字が見辛いだろう。
小道のすぐ脇に看板を置くとなると、あの家との関連性に乏しい。
(視線誘導から考えると……)
「玄関扉の上がいいです。そして玄関扉の横幅よりもすこしはみ出るくらいの大きめの看板がいいんじゃないでしょうか。屋根の影がかからないか心配ですから、明るい看板とかで……」
「明るい……電飾……」
「違います違います駄目ですからね」
「冗談です」
風流さが一気に台無しになってしまうだろう。
たとえ遠くにいたとしても鬼は言葉一つで人をこわがらせることができるのだと、美咲は学んだ。
遠い目でぼんやりと眺めていると、ずんずんずんずん、と鬼が美咲の方にやってくる。
額のツノがわずかに赤黒く艶を放っていて、恐ろしかった。
ツッコミのキレが鋭すぎただろうか、看板の意見が失敗だっただろうか、とぐるぐる悩んでしまう。困惑が口から漏れる。
「え、え、え?」
「動かないように」
金縛りのように美咲は動けなくなった。
涙目になっていると、彼岸丸は、肩のあたりを払った。
「影がおりましたので」
「……あ、ああ、影? この間おきつねさんが教えてくれました」
そういえば美咲がいる細道は左右が塀に囲まれていて、影ができやすいのだと気づく。
「こここの道に照明があるといいかもしれませんね」
「良いですね。人は道に街灯をつけたがる、明るいものを好みます。呼び込みたいのが人と虫であれば大変効果的です」
「虫!?」
「おやお嫌いでしたか」
「ちょっとは……。というよりいきなりだったので」
「明るい道の効果という範囲で語りました。それ以上の他意はございません」
ドッと疲れたな……と美咲は肩を落とした。
照明はこれから用意してくれるのだという。
彼岸丸が持ってくるならネタ系アイテムでないといいが……と思っていると、
「つくる作品一覧に加えておきましょう。お狐様の新作が愉しみですね」
「お手間を増やしてごめんなさいおきつねさん……!」
「美咲さん、いたわりの料理を作りませんか」
「はい、それはもう……!」
鬼の掌はほんとうに転がすのに向いていて、面の皮が厚いなあ、とあとでお狐がぼやくのであろう。
すっかり本題が遠のいてしまっていた。
「看板が優先ですね」
「ひとまず、鬼が施しておきましょう」
【四季堂】の横には蔵がある。二つの錠のうち「小さいほう」に鍵を差して、右側の扉を開けた。ずらりと原材料が並んでいる。
沖常の仕事道具だ。和室の棚に入りきらないようなものは、この蔵に保管していると彼岸丸が説明した。
二メートル・二十センチほどの木の板を取り出す。ヒノキの良い香りがする。
「これに店名を書きましょう」
「ええと、字の配置は、お・狐・様・の・雑・貨・店……」
「いいえ」
(狐に化かされたような気分です。さっきそう書くって自分で言ったのに〜!)
「雑貨店とは別の看板に書きましょう。まずは三文字、店名を。店であることはわかります。細道の終わりでそれを知り、どのような店なのか? 知りたくて店の側まで来たときに、雑貨店であることがわかればよろしい」
「誘導が上手です」
「恐れ入ります」
三文字だけ書くとなると、この木の看板はあまりに大きいようだが。
「余白の美がございます」
彼岸丸がためらいなく大筆を動かす。
外の草の上で、背を丸めてかがんだ中途半端な姿勢だというのに、筆先にわずかの震えもなく、流れるように手を動かしてみせる。
【四季堂】の三文字に、惚れ惚れするような感動があった。
「すごいです……! これだけでも目を惹きつけられます」
「鬼は正確な作業が得意ですから。そのぶん面白みには欠けますが」
「それが個性ということでいいんじゃないでしょうか」
ぐりん、と彼岸丸が首を回すように振り返ったので、美咲はびくっと飛び上がってしまった。
「豊かな発想です」
「あ、ありがとうございます」
(喜ばれたんだよね? こわいよおおお)
彼岸丸が筆を地面に置くと、吸い込まれるように沈んでいった。
地獄界で小鬼が受け取ってくれるのだという。
「さあ飾りますよ」
フワリ──と、まるで発泡スチロールかのように木の板が持ち上げられた。
あまりの安定感に美咲が驚いて、まじまじと木目を眺めてしまったくらい。
鬼は力持ちなのだそう。
そしてどうやって玄関扉の上に飾るのかというと、
(地面から岩が生えた!?)
ぐつぐつと沸騰するような音を立てて、ずんぐりとした黒岩が草野から生えて(・・・)くる。
彼岸丸はそれを踏みつけて高みにのぼり、無事、看板を取りつけることに成功した。
顔色を変えずに降りてくると、岩は地面に沈んで消えた。
「岩は……」
「地獄に生えている、生前罪を犯したものたちが凝縮された黒岩です。踏まれるためにあるので同じ用途だから使ってしまえと思いまして。臭くはなかったでしょう?」
(そういう問題ではない……)
「いかがでしょうか。看板は」
「ばっちりです」
深く考えないことだ。
目的が達成されし地獄の合法なのだから。
これにて「店」だと広告ができた。
【堂】は、専門的な知識や学問を売っていることを示している。【四季堂】であれば季節のことをよく知っている神様が主となり、季節の雑貨を売っているのでぴったりだ。
なお、
【店】は見世、商品を並べて売っていることを示す。
【屋】は商売の内容をはっきりさせるときに使われる。魚屋、肉屋、花屋、靴屋、といったかんじだ。
うんうんと二人で頷いていると、
「へーそうなんだ」
「知らなんだ」
「らっきー」
「「……」」
やってきた狐火たちがそんなことを言う。
どうやら沖常は感性で正解を引き当てただけのようだ。
(うーん、たしかに一般常識ではないよね)
美咲だって勉強しているときたまたま本で読んだので、知る必要がない人はもちあわせていない知識だろう。
「では立て札を立てて、そこに補助の説明書きをしましょう。雑貨店であると」
「腕が鳴りますね」
メキメキと骨なのか筋肉なのかよくわからない音を立てている彼岸丸は、もう少し落ち着いて欲しいと美咲は思った。
おそらくとっても楽しんでいるのだ。
なんとなくわかってきた。
たぶん。
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