改装するよ!
翌朝、鬼が店番をしている。
【四季堂】の玄関扉を開けた美咲は固まってしまった。
「お帰りなさいませ」
「た、ただいまです……」
「本日はお狐様が雑貨作りをしておられます。私が店舗の改革を手伝いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
監視をしにきた? と思ってしまうような視線だ。
ジーーーとまっすぐに美咲を見詰めて、いつ瞬きをするのだろうか。
(あ、した)
ゆっくりと、彼岸丸は美咲を眺めて、頷いた。
そろりと美咲は動いて、店の棚にしまってあったエプロンを手に取ると身に着ける。
「後ろ手に結んだためリボンが歪んでおりますよ」
「あっすみません」
彼岸丸が音もなく背後にきていて美咲の背中に手を伸ばしていた。
リボンを結んでくれているのだと知りながらも、背筋にヒヤリとするものを感じるのは彼が鬼だからだろう。威圧感がすごいのだ。
「心置き無く業務いたしましょう」
(無理)
そんなことを言えるはずもなく、引きつった笑みで美咲は彼岸丸に頷き返したのだった。
(ホコリ一つなかったんですけど)
美咲は箒の先っぽをしげしげと眺めて、鬼の几帳面さに感心した。
「彼岸丸さん。おきつねさん、元気そうでしたか? 最近雨続きで、もしかして今日憂鬱な顔をしていないかなあって心配で」
「紫陽花姫からの手紙です」
質問には答えられず、代わりに手紙を受け取ってしまった。
和紙の折り紙を何度も折って、花のような形にしている。このような小さな手紙を小学生の時に友達とやりとりしたなあ、と懐かしく思い出した。
薄紫の和紙を、そー…っと開いていく。
紙が小さいので、文字も少ない。
<美咲さんへ。お狐様の尻尾はご覧になった? だから雨が尚更苦手なのネ。紫陽花姫>
「尻尾……?」
美咲が彼岸丸に視線を送ると、深く頷かれた。
「まず前提として、六月には梅姫が指揮をとる『梅舞い』の儀式がございます。そこで踊りを披露するお狐様は、九尾の白銀狐となられる。ふだんは尻尾を九つの狐火に変えて使役しているため、尻尾をたずさえた体感に慣れるために六月になると尾を少しずつ戻して生活されるのです」
「……つまり今のおきつねさんって」
「尻尾がございます」
見たい。
すこぶる見たい。
でもそんなことを彼岸丸に言い放ってどうなるか、こわすぎる。
遠回しに聞いて見たら察してくれたりしないだろうか。
「ええと六月になってから羽織を着ることが多くなっていましたが」
「それは初耳でした。お狐様の毎日の着こなしについてご報告頂いても?」
「は、はい。もしかして羽織の下の尻尾を隠す意図があったのかも」
「興味深いですね。側から見て気づかないくらい尻尾の動きは静かであったと……」
無理だ。
彼の知的好奇心を満たすばかりで、美咲が得るものはなさそうだ。
ものすごい達筆でメモを取っている彼岸丸を見て、美咲は追及を諦めた。
(どちらにせよ私は梅舞いの舞台に招待されているから、そのうち白銀狐のおきつねさんを見られるよね。焦ることはない…………ただ見て見たかっただけで)
モフモフふわりとした毛感触が癒されるというのは、大多数の真理なのではないだろうか。
「おや美咲さん。指先がくねくねとしていますが」
「勉強していて鉛筆を握っていたのでほぐしていますそれだけです」
「理にかなっていますね」
(あ、そうだ)
「彼岸丸さん。今日はすでに店内を整えていただいているので、チラシ作りの方を進めてもいいでしょうか?」
「かまいませんよ」
「ありがとうございます。彼岸丸さんの達筆がチラシに最適だと思って」
「在るものは使う。実に人間ですね。従業員同士、力を合わせて頑張りましょう。美咲さんも書くんですよ」
「頑張ります」
「それは?」
ズバリ、電子タブレットだ。
メモ帳アプリを立ち上げて、液晶用ペンシルを手に持つ。
彼岸丸のほうに画面を向けて、すいーっと美咲がペンシルを動かすと、先端が走るのと同じように線が描かれていった。
「なんと」
「電子キャンバスです。チラシをいくつも手書きするのは大変ですから、ひとつに力を込めて仕上げて、印刷しましょう。電子データになっていたらコンビニプリントもできますし。……こういうのって風流じゃないですか?」
「同じ時間と情熱をかけてどのような物を作るか、という選択の違いですから、風流ではあると感じます。むしろ考えている時間が長い分、気持ちが込められているのではないですか?」
「彼岸丸さん、神様だなあって感じがします」
「鬼ですが」
「不躾でしたか?」
「いいえ言葉遊びです」
「心臓に悪いです!……神様っていろんなことの本質を見ていますよね。私、今、『手抜きしようとしてる』とは言われないだろうなって思ったから提案をできたんです」
「それは美咲さんが手抜き目的で動くような人ではないと、人望を積み重ねていらしたから報われたんですよ」
これではまるで褒めあいっこだ。
なんだか照れてしまった美咲が黙っているうちに、彼岸丸は自分のやりたいことを問答無用で始めてしまった。そういうところがある。
無言でペンシルを走らせた刹那。
電子タブレットがエラーを起こした。
「あーっ!? うそ、壊れた!? 学校からの入学祝いの記念品……!」
「何もしていないのに壊れてしまいましたね?」
(パソコン初心者の定番を言った……)
「あれ? 直った」
「そのようですね」
美咲が不思議そうに電子タブレットをフリックして、動作確認をしている。
その視界の隙を縫って、彼岸丸はかの平安幽霊の襟首を締め上げていた。はたから見るとただガッツポーズを突き上げているようにしか見えないが。
(よくも地獄を抜け出してお散歩に来られたものですね)
(グエーッご免ご免! その機械に入り込んで直すのが、見逃す対価なんだね? 了解だよ幽霊にはそれができるよ離してぇ)
というやりとりがあったのだ。
かくして、直った。
美咲の知らぬ間に、幽霊が合法的にこの店内に泊まる約束がとりつけられていて、ついでにメモアプリに流れるような文字で「ご免」と現れたので「心霊現象!?」と驚かれていた。
まさに、正解であった。
彼岸丸が紙に書いた文字を、スキャンしてチラシに使おう、と方針が決まった。
そして梅雨の間にしてはやけに明るい日差しが店内に差し込んできた。
「今のうちに外に飾る看板も書いてしまいましょう。お狐様の雑貨店【四季堂】、と」
読んでくださってありがとうございました!
鬼と機械の相性は悪いみたいです(笑)




