幽霊と花姫
(雨に見惚れている間に、影に取り付かれないように。美咲は素直だからあれだけ言えば気をつけてくれるだろう。──そのために盾を有意義に使ってくれてもいいのだし)
くつくつと沖常が笑い出したので、美咲は自分のリアクションを笑われたのだと勘違いしたらしい。
「ええと炎子ちゃんたちのオバケ仕草が怖かったんですよ。結構上手いんです!」
「「ヒューどろろ♪」」
「そうかそうか。ふむ……その風鈴のそばには幽霊がいるって気づいていたか?」
「ええっ!?」
沖常がからかいを重ねると、美咲が後ろに飛びのいて、木箱に足をかけてしまい転びそうになる。
「おっと」
すばやく沖常が体を支えた。
ごめん、と言ったのは二人同時だった。
「えええ? おきつねさん、さっき座っていらしたのでは……」
「炎子と場所を交代したんだよ」
「ヤッホー」
机からひょっこりと「壱」の炎子が顔を出したので、美咲は思わず拍手してしまった。手品を見たような気分だ。タネも仕掛けも神様仕様のホンモノだけど。
沖常は整理された棚をしげしげと見ている。
(用途でまとめたのか。緑坊主の新芽の盆栽、金属の水差し、土いじりをするときの麻の手袋に、紫陽花の切り花と……夏花の種はポチ袋に小分けしてある)
棚の敷き布は、紫からさわやかな青に変わっていくグラデーション。季節の移り変わりを表した良いアイデアだと、沖常は頷いた。
(こちらは食べ物でまとまっている? 雨粒の飴に、夏の始まりの入道雲をおすそわけした綿菓子、狸印の米。ん? 袋に貼ってあるのは糊のついた紙……“賞味期限”が書いてある!)
やっぱり面白い。
美咲は人の娘だ。
風鈴が「リーン」と鳴る。
そばにいる幽霊──もとい前従業員の霊は、にっこりとして頷いてみせた。
着物を重ねた平安時代の服装。
長い髪をざっくりと束ねている。
とっくに亡くなっているので、毎年風鈴が鳴る季節にだけうっすらと現れる。盆には子孫に会いにいって、知った知識をあれこれと沖常に教えてくれるようなおせっかいな性格だ。
美咲にまとわりついて顔を覗き込んでいる。
自分以来の従業員というのが気になってしょうがないらしい。
(盆になったら、挨拶をしてもらうのもいいか)
好ましいものと、好ましいものが合わされば、もっと良くなることは多いのだ。
(……それにしてもあの男め、美咲に近すぎではないのか?)
「ヒッ冷たい!?」
「雨が降りこんできたのかな」
幽霊のことはまだ見えないようだし……シッシッと沖常は美咲の周りを払っておく。
二人してこの幽霊に嫉妬しているとは、気づいてもいないのだった。
美咲の首筋には、雨の雫がついている。沖常が指先で拭いた。
「おや、本当に窓が開いていたか?」
(戸締りはしたはずだが……)と目を細めて窓の外を覗き込むと、小さな人型が立っている。
しとしと雨が降る中で、びしょ濡れになっている者。
人の形をとりつつも、雨を享受する者。
「紫陽花姫ではないか」
ひょっこりと女児が頭を上げた。
紫の髪が濡れそぼって、ぴかぴかと喜ぶように艶を放っている。紫陽花の花姫はことさら雨が好きなのだ。
「ヤッホー。お狐様。月初めの挨拶に参りましたのネ」
月の代表花は、月の初めと終わりに、彩り神にお礼を告げにくるのが習わしだ。
「それにしてもなぜこのような場所にひっそりと? いつもであれば、裏戸から赤の鳥居をくぐって訪れるだろう……」
「ダッテ!!」
紫陽花姫は感極まったように大声を出して、店内を指差すと、イヤンイヤンと体をくねらせた。
「ダッテ、花がほころぶような予感が致しましたモン……それに三角関係なんて……はあはあ!」
「は?」
ポッと頬を染めている女児に、沖常は間抜けな返事を返してしまった。
蛇足だが、花姫たちはとにかく色恋沙汰が大好きだ。とくに、蕾が花になるときのような甘酸っぱい恋物語が。
つまり"覗き見をしたかったから窓から見てた"。
そしたら沖常が美咲を抱きかかえていて、幽霊が美咲にまとわりついているではないか。なんという美味しい恋愛模様。とゲスい物言いをした。
沖常が口の端を引きつらせた。
とても面倒な目のつけられ方をした。
ちなみに朔に現れなかったのは、店頭まで来ていたのだが美咲が持つビニール傘を見てしまって、あの斬新さに負けないオシャレをしなければと買い物に行っていたそうだ。
「アタシ、六月の紫陽花姫と申しますネ」
店の玄関でぺこり、とお辞儀をする。
七五三のような着物を着ているが、”濡れてしまった上に”ビニールカッパを羽織っている。これでは濡れっぱなしなのだが、紫陽花姫は嬉しそうだ。ピカピカ光るし濡れていられる最先端の六月のオシャレ!
(なんだかこれまでの花姫様とは雰囲気が違うなあ)
と、美咲は沖常の背から顔を出して観察する。
紫陽花のような紫色の髪はサイドテールにしていて、派手な大振りの髪飾り、キャハっと微笑んでアイドルのように手を振る。
先月の牡丹姫・梅姫ははんなりとした和風幼女だったので、面食らってしまった。
「一日遅くなったお詫びに、花菓子を持ってきましたのネ」
なんとタッパーに入っていた。ハイカラなのだ。
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