六月の雨と影
翌日も雨。
雨が降りそそぐたび、生命が潤ってゆく。
影にやわらかく包まれた風景は、情緒を帯びている。
しっとりと心が落ちついてゆく。
いつまで見ていても飽きない。雨がはるか天井から下へと落ちてきて、地面に当たりぴちゃんとはねる様子は面白い。
そのことを沖常に言ってみると、
「このような時は家にこもるに限るんだ」
「むしろ雨の風景を楽しみに行こうって言うと思っていました」
美咲は驚いた。
【四季堂】にバイトをしに来たばかりの玄関先で、「早く中に」と沖常にうながされる。
それから肩をトントンと叩かれた。心配そうに。
「また、影がついている」
「ええと思い悩んでいたことは……ありそうです……」
「詳細は言わなくてもいいさ。相談したい時には頼ってくれ」
「分かりました」
美咲が傘のヒダをきれいに整えてから留めている間に、沖常が玄関扉を閉めてしまった。
「──雨の風景を楽しむのは軒先でもできるのさ。ほとんどの動物は、雨宿りをするだろう? 俺も狐だから、雨が降れば外に行くのではなくて雨宿りをする」
「おきつねさんが元々狐だってこと、すっかり忘れていました」
「狐らしいことをしていないからなあ」
コン、と沖常が指先を狐のような形にして鳴いてみせて、からかうように笑う。
「人間にはとくに、こもることを推奨したいんだよ。濡れることが苦手な生き物は雨の日に気落ちするだろう? そこに影が寄ってくる。影が集まると、余計に気持ちが暗くなってしまう。雨の日におかしなくらい気分が憂鬱になったことは?」
「あるかも……」
「影の神はうつけ者だからなあ」
美咲はなんだか周りを見渡してしまった。
ここは神様がやってくる店。
影の神が今、いるということ? と焦ったのだ。
「呼んでいないよ。あの者はちょっと、いや、かなり苦手なんだ」
「苦手なひとから遠ざかる選択もありますからね……」
どう言おうか──美咲が選んだ言葉は、肯定だった。
間髪入れずに沖常が喜びそうなものを差し出す。
「これどうぞ。新品のビニール傘です。気に入っていたようなので差し上げます」
「覚えてくれていて嬉しい。お代は店の商品で払おう、選んでごらん」
沖常は満面の笑顔になった。狐耳もピンと立ちごきげんだ。
待ちに待った夏商品のお披露目である。
中ぐらいの木箱を炎子たちが持ってきて「じゃーーん」と開く。
雨と海を連想させるような、淡かったり鮮やかだったりさまざまな青色の品。
濡れたような艶を持つ緑色の品。
雲の狭間に降りそそぐ太陽のような透きとおった黄色の品。
【四季堂】の品はまず色が目に入ってくる。
そしてどのような自然から採取された色なのか想像が広がる。色にふさわしい造形もあれば、思いがけない形のインテリアになっていたりとどれを見ても楽しい。お菓子は美味しく、香りは芳しい。
美咲の目は商品の色をまとめて映して、七色を帯びてる。
「その目には自然が嵌められているかのようだなあ……」
「え? なにか仰いましたか?」
「いい色だなあって」
「分かります!」
振り返った美咲の目は沖常を映して、銀色を帯びた。
くすくすと沖常が喉を鳴らした。
「六月の店づくり、楽しみにしていました。新緑商品からがらりと変わってますよね〜!」
「一週間もあったから……」
「す、拗ねないで。そうですねお待たせしました。四季の色は一週間のうちに十分な変化があり、やんわり移ろっていくけれど、私が来ていなかったから急な変化に感じるんですよね」
「待っていた」
そんなことをさらりと言われたので美咲の体温は上がってしまう。耳まで赤い。
(あ、あれ? なんだろうこれ……)
再会は新鮮だ。
毎日会う間はやんわりと移ろっていたものが、はっきりと輪郭をあらわにする。
なんだか甘酸っぱくて今の美咲の頬のような薄紅色の気持ち。
美咲は顔色をごまかすように一つを指差した。
「こ、これは?」
「風鈴」
(それは見てわかるでしょ私。あーもう、変な質問しちゃった……)
「この風鈴も六月に出すんですか? どちらかというと真夏のイメージがあるので……」
「カラリとした音が鳴るだろう。それが蒸し暑い梅雨の時期の清涼感になるのさ。窓のそばに吊るしておいたら『隙間が空いているよ』と教えてくれるし、雨や影が入ってこないような対策になる。一石二鳥だ」
「三鳥と言っていいほどかもしれませんねぇ」
沖常が指先にひっかけて持つ風鈴には、青の流線模様が波のように描かれている。
ふと、美咲は疑問に思った。
沖常ならば用途に合わせて、雨の柄を淡い水色で描きそうなのに、八月の海を思わせる柄だったから。
(違和感……)
「ん?」
「わっ」
顔が近い!
黙っているとずっとこの綺麗な顔で見つめられてしまうので、美咲は観念して尋ねてみることにした。
「これ、おきつねさんが六月用にってお作りになったんですか?」
「実は違う。よく分かったなあ。元々真夏に飾るつもりで作ったものだが、この梅雨の時期にこそ活躍するのよ、と生活の知恵を教えたのは前の従業員なんだ」
「!」
美咲は相槌を打つのも忘れて、ただ目をまんまるにした。
読んで下さってありがとうございました!
感想返信のちほどさせて頂きますね( *´꒳`*)੭⁾⁾




