晴れやかな四季堂
美咲の足はいつもよりさらに軽やかに。
初夏のあたたかな日差しの中を進んでいく。
濃い緑色の葉、長くなった影、初めて【四季堂】に訪れたときとはまるで様子が違う。
季節の移り変わりに気づくようになったのも、沖常から「見方」を教えてもらったからだ。
(いいもの、あるかな?)
好きな人たちに会いにいくには、手土産をできれば持って行きたい。
白銀色の狐耳を揺らして、夜のような目をきらめかせて、沖常は喜んでくれるに違いないから。
公園を通り過ぎざま植木をじっくり眺めて宝探しをするのなんて、子どもの頃に戻ったみたいに懐かしかった。
しかし視点ははるかに高くて、16歳の美咲にしか見つけられない「いいもの」がある。
メガネケースに想いを詰めて。
【四季堂】へ。
今日は何やら、玄関先からもうがやがやと騒がしい。
何人もが中にいるような空気を察する。
それでも美咲はためらわずに扉を開けた。
だって、早く会いたいからだ。
とっておきの報告を聞いてほしい。
「ただいまです!」
「おかえり」
沖常がもう慣れた調子で穏やかに迎えてくれたことを、かけがえがないと美咲は感じた。
その、刹那を尊ぶ乙女の微笑みは、沖常が見惚れてしまうほどに「いいもの」だった。
「やっぱり、おきつねさんの髪は白銀色の方が似合うと思いますよ」
「こっちが自前だからなぁ。いやしかし、人間にそう言われたのは初めてのことだが」
「……そうなんですか!?」
「あ、ああ」
美咲がぱあっと嬉しそうな顔をしたので、何か変わったことを言っただろうか? と沖常が考える。
わからなかった。事実を言ったまでなので。
美咲の思考といえば、沖常が人間に感じた初めてのひとつが自分であったことが嬉しかったのだけど、沖常が驚いていることに気づかなかったので口にすることはなかった。
狐耳がふわふわと曖昧に揺れる様子に夢中である。
美咲が頭上を眺めて瞳を動かすのを、沖常はクスリと笑って眺めた。
「人間らには、黒髪の方が親しみを感じるとよく言われたものだ。美咲の場合は、最初からこの姿を見ていたから、白銀色が慣れているか。数奇な縁もあったものだなぁ……」
ぽぽぽふっと衝撃。
やわらかい花火のような光が沖常の背中ではじける。
「沖常様、話ながーい」
「つっ立ったままずーっと動かないんだもんなー」
「もう準備できてるって。というか奥のやつら、抑えとくの限界だぞ」
「美咲、おかえり!」
青い炎をめらめら纏った狐火たちが、くるくる回った。
沖常が振り返ったら「ひゃーっ」と言ったので、狐火の文句に対抗して不機嫌な顔をしていたのかもしれない。
「ただいま」
美咲は嬉しい気持ちを弾けさせたような声で、狐火たちにも返事をした。
狐火がしゅわしゅわと煙になり、幼子の姿「炎子」たちが四人現れる。
美咲の後ろにシュタッと入り込んだ。
そのまま背中を押す。
「さー美咲、入った入った」
「おれたち、支度をしていたんだぜ」
「そういえば複数の声が聞こえていたね……。おきつねさん、来客ですか? 奥に入っても大丈夫……?」
沖常は手を差し伸べる。
「問題ない。そろそろ誘おうかと思っていたけど、まあ、美咲が店内を見渡していたんで、いつ声をかけようかと今になってしまったんだ」
「よく……見てくれていて……。えっと、えっと、五月の雑貨が入れ替わっているなって思って」
「四季は刹那だから」
「わかります」
美咲がさっと見渡した限りでも、五月初めの初々しい黄緑色の雑貨たちがお蔵入りとなり、代わりに色の濃い緑や、藤花の紫、みずみずしい六月への始まりを連想させる水ものが多い。
その中でもひときわ目立っているのが……
「雨の浮雲。ひと瓶、美咲にやろう」
「え」
小瓶が美咲に渡される。
いつかもらった星の金平糖のような瓶。
商品成分表が書かれた紙がぺたりと張り付いていて、美咲がアドバイスしたことを沖常は素直に反映させたようだ。
紫のリボンに土色のコルク、手の中の瓶はひんやりと冷たくて心地いい。
「中身、先日商店街で見た菓子屋を参考にしたんだ。マシュマロといったか? みずみずしい五月雨の雫と、花蜜を、銀の匙で混ぜ合わせて、雲で包んでぎゅっとまとめたもの。つらい気持ちを上手に洗い流してくれる……」
ここで沖常がはっと口元を押さえる。
「しまった! これは再会の喜びの時に渡すのではなく、別れ際に渡す方が風流であった……」
「大丈夫ですよ。とても和みました。とても!」
クスクスと美咲が楽しげに笑う。
まるでフォローになっていないというか、沖常の恥ずかしさをごまかしてあげるよりも、美咲自身の気持ちをまったく正直に告げたのであった。
その美咲の変わりようを、水の流れのように沖常は読み取り、目元を和ませる。
「……では、お土産には抹茶のチョコレートもつけてあげよう。そうそう、西洋菓子に挑戦していてな」
「わあ! 挑戦、すてきです」
──オイラが手伝ったんだからねー!? そんな声がつむじ風で運ばれてきて、美咲は驚いた。
「さあ。奥の座敷へ。ほんとうに、みんなが揃っているんだよ」
琴を弾いたような沖常のうかれた声に、美咲の心もふわふわとステップを踏んだ。
次でひとまとまりです!
二章の執筆も始めてますので、また告知のあとお付き合い頂けると幸いです。




