屋上の恋バナ
女子校の屋上で、美咲は「えっ」と驚いた声を上げた。
「見てたの!?」
「そうなの」
「実は」
真里とほのかが、三日月形のにんまりした目を美咲に向ける。
「おめかししちゃって〜」
「仲良く歩いてたわね」
「ちょっとちょっと……待って2人とも。あのね? 声が、明らかにからかう感じだから。突っ込まれると、ものすごく照れる予感がするっ」
美咲が顔の前でぶんぶんと手を振る。
「もうすでに顔真っ赤だし?」
「こんだけ可愛いのにウブなところも〜、また男子ウケがいいのかね?」
「やーめーてーよー」
きゃあきゃあと甲高い声で。
いかにも年頃の女子らしい会話と言えるだろう。この3人には珍しいくらい。
美咲の周りでソッと様子見していた神々が(うんうん)と頷きながら、耳をすませている。
上位神である白銀狐の貴重な情報だ。
それに純粋に恋バナは楽しい!
真里が美咲の目尻を指で撫でる。
美咲はその動きに既視感を覚えた。
「和装の美形カップル、艶やかな黒髪に上品なしぐさ。近寄りがたい雰囲気だったよぉ……目はりのお化粧までしちゃって。またそれがよく似合ってて、神聖な空気すらも……」
「あ、真里、目のところに赤のアイライン引くお化粧知ってたんだ?」
長くなるな、と察した美咲がスパッと切り込む。
「私、日本画も履修してるから。洋画も日本画も、この世に存在するあらゆる絵画技法を学習して、自分の新しいものを作り出すのよ。ふふふ私の美術人生……!」
「はい長くなるのでカット〜」
「ほのか!」
「まぁ、美術馬鹿の真理に付き合って夜おそくなっちゃったってわけ。昨日ね。真里が絵画教室からいつまでたっても帰らなくってさ〜」
「その後、ほのかのスポーツシューズ買いに行くのに商店街に付き合ったんでしょ!」
ギャンギャンと言い合っているほのかと真里は(仲良しだね)と、美咲が柔らかく微笑む。
それをみた2人が、黙る。
「……なんていうか、美咲のそういうところだ。間の取り方とか独特の雰囲気がさー……。……」
「すごくいいと思うよ!」
照れて言葉を詰まらせてしまった真理の言いたいことを、ほのかが明らかにした。
3人でクスクスと笑い声をこぼした。
「何かあったの? 昨夜……」
「炊飯器を買ったよ」
「「デートで!?」」
ギョッとした声が被る。
「はぁぁ、そういうとこだぞあの店主。何か抜けてるというかさ……」
びゅうっ! と強い風が吹いた。
真里の髪がボサボサに乱されて、昼食のおにぎりがコロコロと転がっていく。
排水口にすってんころりん。
「ついてない……!」
慌てて押さえたスケッチブックの端からは、紙が5枚、ばらまかれる。
「大丈夫? あ……これ新しいスケッチ? 昨日の私とおきつねさんだ!?」
「そりゃ描くでしょ」
「真里、謝っとけ。……でもこれもしかして、【四季堂】で取引できる良いものになるかな?」
「ほのか、ちゃっかりしてる」
美咲が頬を染めてスケッチを眺めた。
ポツリと呟く。
「むしろ私が買い取りたいなぁ……記念に……でもお金ないけど」
「そうね、高いわよ。私の絵だもん。でも美咲、このスケッチのモデル料として2枚持っていっていいから」
「ほんと! ありがとう。じゃあお昼ご飯のおすそ分け」
「うーん、全部あげちゃう!」
あはは、とまた笑い声が上がった。
美咲は、自分の絵にプライドを持っている真里を尊敬しているし、その上で自分を甘やかしてくれるところも好きだと思った。
美咲がスケッチをクリアファイルに入れて、大事にカバンにしまう。
「あ。これを仕舞うとしたら家は無理だから……【四季堂】に持っていこうかな」
美咲は(おきつねさんにも見てもらえるし、いいアイデア)と明るい声で言ったが、真里とほのかは心配そうな顔をした。
「ちょっと噂になってるんだけどさぁ……美咲の家ってやっぱ厳しいの」
「う、噂になってるの?」
「まぁね。地域の中でも交流がないし、家の中が見えなさすぎてちょっと心配されてる感じ。ここいら周辺て町内会も活発で地域間の繋がりがあるほうだから。私たちの家、町内会全体のまとめ会長やってるから情報入ってくるの」
「へー……」
美咲は喉がヒリヒリするような感覚を覚えながら、相槌を打つと、顔の前で手のひらをパン! と合わせた。
「ごめん! できれば詮索しないでくれると助かります……」
「「うん、わかった」」
2人は意外にもあっさりとうなずいた。
「美咲、最近心を開いてくれてるのわかるから」
「それでも言いたくないことをわざわざ興味で聞いたりしないよ」
「ありがとう」
美咲は儚い笑みを浮かべて見せた。
とりつくろっていない。
素直なお礼の気持ちと、いつか言えるようにしたい、という二人への希望がこのように現れた。
真里とほのかは鋭い視線を二人だけで一瞬交えさせる。
「「したいのは、美咲が心地よくなるような手助けって感じかな」」
「うん? ありがとう……」
ちょっと会話の流れに違和感を抱きながらも、この話題を長引かせたくなくて、美咲はお礼を言うことで話を終わらせた。
ため息のような風が、美咲のポニーテールを揺らしていく。
つげ櫛が艶めかせた黒髪は、美咲を神々しくすらみせて、真里とほのかはしばし唖然と見惚れてしまった。
母の形見であるリボンがひらひらと揺れている。
「ひゃ!」
「にゃー」
美咲の頬にぷにっと肉球アタック!
「あ、黒猫?」
「リボンに戯れにきちゃったのかな……美咲まじファンタジープリンセス」
真里とほのかがのほほんと感想を述べているが、美咲はそれどころではなかった。
(猫娘さんだ……って、体重ってものがない!? びびびっくりしたぁ。軽くなれるの? それで屋根に登ったり自由自在なのかなぁ)
昨日のデートの着付けなどのお礼を言わなきゃ、と美咲が口を開きかけ、真里たちの前だし黒猫と話すのもからかわれそう……ともごもごする。
「にゃーあ!」
「あっ」
不服そうな声を上げた黒猫は、美咲の肩から飛び降りて、真里とほのかを押しのけるようにスルリと間を通っていってしまった。
「……あー、悪いことしたなぁ」
「え、なになに、どんな?」
「その詮索悪趣味よ、ほのか。黒猫……幸運の象徴だっけ」
「逃げていっちゃったねー」
幸運が逃げる、と聞くと、ちょっぴり不安になる美咲であった。
さっきまで黒猫が触れていた頬をかく。
ほんのり赤く噛み跡のようになっているのに真里とほのかが気づいて、キャーキャーと店主との恋を詮索した。
その事は深掘りする気満々のようだ。
神々たちもこっそり前のめりになる。
(この猫娘さんの神跡のおかげで昨日のデートはとっても幸せだったし、きっと大丈夫だよね?)
ほんの少し浮かんだ不安は、沖常の顔を思い浮かべたことで消えて、その後は恋愛話に翻弄される美咲であった。
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