家電の狸屋3
「狸屋」のエプロンに「着られている」ようにしか見えない。
「……私は、米屋の化け狸の血を継ぐ最後のひとりです。化け狸はもう数が少なくって、でも神様になれるほどの力はなくって、死んでしまったら終わりなので……ひとりになってしまいました」
しょぼーん、とうなだれた。
美咲と沖常が声をかけようと口を開きかけた時、
「でもぼくはっ! あっ、私はっ! この狸屋をまだまだ続けたいんですっ! だからいっぱい考えて、家電のことも思いついたし! まだまだ頑張りますっ」
がばっと顔を上げて言いきる。
その目はさっきまでのように、キラキラと純粋に輝いている。
(……すごいな。私がかけようとした言葉なんて、もうとっくに乗り越えているみたい)
眩しい、と美咲は目を細める。
(ひとりきりで……私は、こんなに強くなれなかったな)
「縁があったから」
沖常が言う。
すると三人の間に、目に見えない糸でつながったような感覚が生まれた。
「きっと良い方向に向かうだろう」
沖常の微笑みに、美咲は目が釘付けになる。
(おきつねさんがそう言うと……本当に救われるような気持ちになる。神様だから特別な力を感じるとか以前に、すごく優しいから……)
胸を押さえた。
さまざまな感情が織り混ざって、ぎゅっと美咲の胸を締め付けてくるようだ。
ぽかんとしているタヌキチの前で、沖常の指先が動く。
「あの米俵、一つ。そっちの日本酒、瓶三つ。それから米麹」
「ヒャア! はいはいっ」
炊飯器が売れた時よりももっと嬉しそうな表情で、狸がスタコラサッサと機敏に動く。
「配送で」
「かしこまりましたぁ! 場所はどちらに?」
「【四季堂】という雑貨店に。店舗兼自宅だから、転売目的ではない。身内で楽しませてもらうよ」
「わあ、店舗兼自宅なんてうちと似てますねぇ」
(畏れ多い!!)との悲鳴を美咲はかろうじて飲み込んだ。
「美味ければ、友人にもこの店のことを知らせよう」
「わあわあ! いーっぱい宣伝して欲しいですっ! たくさん買いに来てくださーいって!」
(神様たち来ちゃうよ!!)美咲は飲み込んだ。
今しゃべってしまうと、帰宅が遅くなるのだ。
沖常は面白そうに「くっ」と喉を鳴らして笑って、美咲の手をとる。
「それではな。俺と縁を結べたのだから、狸屋店主には見込みがあるに違いないさ。これからの発展に期待している」
「は、はああああいっ」
滝のように涙をこぼした狸店主。
こんなことを言われたのは初めてだったのだ。
お前はまだまだ見習い弟子だな、と言われ続けているうちに、家族はみんな死んでしまった。
それから店を訪れるものはほとんどなく、もうだめかと思う気持ちを奮い立たせてこの玄関に毎日立っていた。
「ありがとうございました!」
その返事が真の意味で一生物になることを、タヌキチはまだ知らない。
華やかな二人のお客が出て行った店内は明るくて、貧乏ゆえに提灯を灯せなかったことを忘れそうになるほど。
タヌキチの足元でうごめき始めていた暗い影は、穏やかなオレンジ色を帯びて、子狸らしい可愛らしいシルエットにおちついた。
お客から頂戴してしまったハンカチには涙がたっぷり染み込んだので、手洗い洗濯。
模様かと思っていた植物が力強く芽生えてしまったので、たまげて転がって、その時に、失くしたと思っていた母の形見を見つけたのだった。
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