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家電の狸屋2★

 


 店内はこれまた薄暗かったので、沖常がスイッと指を動かすと、外から緑の光がやってきて提灯に入り込んだ。


 明るくなった店内を見渡し、美咲が思わず微笑む。


「すごい……! 綺麗な建物ですね」

「わわ、ありがとうございますっ」


 土間の床はよく掃除されていて清潔だ。

 年季が入った木造りの棚に、商品が並べられている。

 左端に酒、真ん中に家電、右端に米。

 謎である。


 奥の会計スペースのあたりは階段の裏構造が見事であり、店舗兼自宅になっているようだ。



「建物のほうを褒められて喜んでどうする……」

「あっ。すすすみません。商売人なら商品で勝負ですよねっ!?」

「まあ気持ちは分かるが。建物が良ければ商品の良さが映えるからなぁ」

「ヒャア」


 自分で言ったことをすぐ覆す自由人、沖常。

 美咲は(柔軟だなぁ)と好意的に受けとめた。



 ニコニコ照れていたタヌキチは「どうしよう、大事なお家のことと、家電のことと、どっちを話そうー!?」と全て口に出しながら悩んだ。


「あのあの。どのような家電をお探しですかっ!?」

「米を炊く機械だ」

「炊飯器……! それなら大得意ですよぉ」


 タヌキチの顔がぱああああと太陽みたいに輝いた。


 見た目は小男なのに、表情はやたらとピュアで、口調も相まって幼く感じられる。

 二度目の大きな喜びによって、ついにフカフカ尻尾までポンと出てしまった。


(おきつねさん……この人って……)

(明らかに化け狸だなぁ。まあ、家電を見よう。帰る時間も気にしなくてはならないし)


 ずっと美咲の予定を意識の中に置いてくれていたのだ、と知ると、美咲はまた沖常のことを好きになる。



 小男は尻尾をゆらして炊飯器コーナーへ。

 沖常たちも後を追う。




 タヌキチが炊飯器を物色しながら、


「うちはねぇ、もともと米屋だったんですっ。それから日本酒を扱い始めて、いまは家電も……というのは、米を炊く道具がないと、せっかくの美味しい米が売れない!って気づいたからなんですよぉ」

「うんうん。米を炊くには熟練の技と適性が必要だからな」

「それが今や、ボタンひとつで炊きあがり!」

「凄いものだ」


 沖常とタヌキチの会話はなんだか世間ズレしている。


 炊飯器があれば米が売れるわけじゃない。

 そもそも炊飯器は今の時代、どこの家庭にも常備されているから、新規に買わなくてもいいほどだ。


 米が売れなくなったのは、このタヌキチの店が分かりにくい場所にあり、入店しづらい外観だからだろう。

 おまけに看板は「家電店」に変えてしまって、米屋だとわからない。



 美咲は(うーん)と唸る。

 どう指摘していいのか……悩ましく、なにより沖常が帰宅時間を気にしてくれているのに自分が話を長引かせるのは忍びない。


 タヌキチに話を合わせている沖常は、どこまでわかって同意しているのだろうか?



「家電といえば炊飯器!」

「なるほどなるほど。だから炊飯器しか置かれていないのか」

「品揃えはどこにも負けませんよぉ。炊飯器が発売された昭和から現代まで、あらゆるモノがございます。家電ならおまかせ!」


 ……なるほど、と美咲と沖常は納得した。

 だからこその外の看板だったわけだ。

 このタヌキチは家電=炊飯器と信じ込んでいる。世間知らずというか、なんというか。


 美咲と沖常が顔を見合わせた。

 どちらも悩ましそうな半目で(あっおきつねさんはあえて話を合わせてたみたい)と美咲が気づいた。


 狐と狸の化かし合い、狐の圧勝のようである。




「最新式の炊飯器をもらえるか?」

「はいどうぞ! こちら有名メーカー狸印の炊飯器、ふっくらツヤツヤと米に水分を保った炊きあがりが自慢です。硬さはもっちり・しっかりとどちらも選べます。機能をそぎ落とし炊飯以外の料理項目はございません。それだけ米に魂を捧げているということであり……」


 長い。沖常がズバッと切った。


「お代は椎茸シイタケがいいです」

「こらこら店主よ……。椎茸の旬は冬だから今は時期外れだ。紙幣をやるからそれで干し椎茸でも買ってくるといい」

「あのっ、干し椎茸ならお味噌汁がオススメです。水で戻して茸もお出汁も煮物にしても美味しいですよっ」


 思わず美咲もフォローする。


「わあ、ありがとう!」


 ……なんだか放っておけない狸であった。



 つぶらなくりくりの目で見つめられると、つい優しい言葉をかけてあげたくなってしまうのだ。

 売り子としては得な人材である。

 しかし店長なのだ。


((本当に惜しい!))



 初売り記念〜♪ ととても丁寧に包まれた炊飯器の箱を抱えながら、沖常が尋ねる。


「店主よ……それにしてもなぜ幼い狸が一人きりでこの店を切り盛りすることになった?」

「ヒャア!?」

「俺はそれくらい『分かる』者だ。ここにいる連れもそう」


 美咲のことをそう表現したということは、名乗らないほうがいいのかも、と美咲はぺこりと頭を下げるにとどめた。

 そういえば、店に入ってからというもの、沖常は一度も美咲の名前を読んでいない。



 しおしお、とタヌキチの尻尾がどんどんと縮んでいき、小さな耳もぺたんと伏せてしまった。


 ぽふっと煙に包まれると、ちっぽけな狸が頑張って背伸びして立っている。




店主タヌキチ

挿絵(By みてみん)


うれしいとだんだん変身が解けてしまう未熟狸くん。めちゃくちゃ顔にでる!


2020 8月15日

※狸の尻尾はしましまではなく先端が黒っぽいんですよ〜と教えてもらいました。思い込みで描いてしまっててすみません〜>< 本文描写は直しておきました!



読んでくださってありがとうございました!

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