家電の狸屋
家電店にはとても見えないなぁ、というのが美咲の素直な感想である。
古き良き日本家屋、というような外観なのだ。
窓も玄関も木の扉がしっかりしまっていて、中が見えない。
「家電のことならお任せ、狸屋」と書かれていても、入ろうとするにはとても勇気がいる。
そう、例えるなら……
初期の【四季堂】のように閉鎖的。
(そう思うと私、よく四季堂に入って行こうと思えたよね。雑貨好きとはいえ……)
チラリ、と沖常を横目で見る。
視線が合うことはなく、沖常の涼やかな視線はじいっと家電店を眺めていた。
斜め上くらい、美咲もつられるように眺めた。
「あれっ、屋根の下に何か、丸いものがぶら下がっていますね……影になってて気づかなかった。電灯ではなくて、木の棒を集めて丸くしたような、不思議な……何でしょう?」
「あれは杉玉というんだ。別名、酒林」
「へえ……すみません、ピンとこなくて」
「はは、良いさ。この辺では珍しいものだ。杉の穂先を集めて丸くしている飾り。あれが軒先に吊るされているのは酒屋の証」
「酒屋さん?」
「冬の終わりに緑の杉玉を吊るし、新酒ができたことを知らせる。しだいに杉玉が茶色く枯れていくのは、酒の熟成度を表す。酒好きが訪れる時期の目印になるんだよ」
「わあ、風流ですねぇ……! ……でも家電店なんですよね?」
「家電店らしいが」
沖常がちょいと首を傾げる。
すっと目が細くなり、日本家屋を眺めて、小さく頷いた。
縁は間違っていないようだ。
「ん? 美咲?」
「えっと……おきつねさんが神聖な雰囲気を醸していたので、えーと」
半歩下がってしまったことへの言い訳を、失礼にならないようにと美咲が探す。
素直に答えることにした。
「見惚れていました」
「ははは!」
沖常はそれは愉快そうに笑った。
「そのように表現されることは珍しいな。俺が作る雑貨への感想ではなく、俺自身に対してとは」
「ええ……みなさん口にしないだけですよ」
美咲は眉をハの字にして、困ったように、赤くなった頬をこする。
「また狐の姿も見せてやる」
「え!」
「好きそうかと」
「すすす好きです。きっと好きです」
「褒められるのは気分がいいからなぁ」
沖常が黒髪を耳にかけた。人間の丸い耳に、だ。
狐耳がない沖常はより人間らしく、美咲にとっては身近に感じる。
でも銀髪狐耳の沖常の方が見慣れているのでそわそわする、という不思議な現象が起きていて、美咲はなんだか面白くなってクスリと笑った。
素直に喜ぶ沖常がそばにいるから、美咲も素直な気持ちを口にしやすい。
そんな感覚がある。
杉玉の下で、艶やかな着物の男女がクスクスと笑う様子はそれは風流であった。
狸も見惚れてしまうくらいに。
「あ、あのぅ〜〜……ヒャワッ」
噛み噛みな小声が夜闇に発されたとたん、がたんごとんともっと大きな音が鳴って、何かが転げる。いくつも、美咲たちのほうに向かってきた!
沖常が、美咲を背中にかばう。
なにか手で押さえたらしく、暗い質量はすぐ前で止まった。
何が起こったの!? と気になりながらも、美咲は顔を出さずに、おとなしく庇われていた。
「米俵……。美咲、もう顔を出しても良い」
美咲はひょっこり顔を出す。
「こ、米俵?」
「ほら」
沖常がパチンと指を鳴らすと、街路樹の影から小さな緑の光が集まってきて、屋根の下に入り込み、提灯の明かりをポポポポと灯した。
緑から黄色に、黄色からオレンジに……変化した灯りがゆらゆら揺れる。
ほうっと眺めていた美咲に「木霊だ」と沖常が教えた。
緑の神の眷属、緑坊主の友だちの木霊は、昼に太陽をたっぷり浴びると淡く光るのだという。
沖常の袖をのれんのようにしていた美咲は、やっと立ち上がった。
「こ、米俵だぁ」
入り口に何かごつごつした大きい物が置いてあるな……とは思っていたが、暗くて分からなかった。
まさか米俵だとは。
転がった米俵の向こう側から、ひょっこりと小男が顔を出した。
「「ひゃ!」」
美咲と小男がそっくりの悲鳴を甲高い出す。
「……こらこら。商売人がそれはいけないだろう。出迎えの言葉は?」
沖常の声はきびしい。
美咲は(珍しい)と少し緊張した。
同業者として苦言を呈さずにはいられない惨状だからな……と、沖常は小声で美咲にささやいた。
それなら合点がいく、と美咲はやっと理解した。
小男はエプロンを身につけている。
「はは初めまして。狸屋店主、タヌキチと申しますっ! へいらっしゃい! 酒はどうだい、米はどうだい?」
ボサボサになった髪をなでつけながら言った。
「家電は……?」
「わあぁ、家電のお客様は初めてだぁぁ」
ぱああっと顔を輝かせた小男の頭に、ピョンと小さな茶色の耳が飛び出して、目の周りには愛嬌のあるクマがあわられる。
沖常は顎を撫でてなにやら考える仕草をすると、美咲を誘って、このどうにも垢抜けない商店に入っていった。
一章まとめまで目処がついたので、これからしばらく更新していきますね!
お待ち下さり、ありがとうございます(。>ㅅ<。)
今週は、狸屋と後日談まで。
(タヌキチのイラストは仕上がり次第)
(木霊のイラストは緑坊主回に載っています)
来週平日も更新があります。
のんびりとお楽しみいただけると幸いです( *´꒳`*)੭⁾⁾




