お互いへ気持ちの品
3度目の美咲の来店は、また一週間後。
もう慣れた様子で店に向かう。
招き狐もすぐに美咲を歓迎する声をかけた。
店内に入る。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
穏やかに挨拶をしている二人の内心は、燃えていた。
((まずこちらからお礼の品を渡そう!))
……と、気合いが入っている。
また雰囲気が変わっている店内商品に美咲が関心を持つ。
しかし気持ちを切り替えると、まず美咲がプレゼントを取り出した。
「これ、香水を譲ってもらったほんのお礼の気持ちです。素敵な眠りをありがとうございました。受け取って下さい!」
律儀に「素敵なものを差し入れる」という約束を守ったので、沖常は目を丸くしている。
そういうことなら、これは贈り物としてもらうべきだ。
「そうか、ありがとう。俺からも君に贈りたいものがある」
「おきつねさんから……? えっ、もらってばかりはダメですよ!?」
美咲はぶんぶん頭を振った。
ポニーテールの黒髪が揺れて、沖常が思わず目で追う。
「君が店の常連になってくれて嬉しく思っているんだ。全然お客なんて訪れなかったし、話が合うのも嬉しい。この縁に感謝して、君に合うものを作った。だから君がもらってくれないと困る」
鮮やかに退路を断つ。
「わ、私のために……? 手作りなんですか?」
今度は美咲が目をぱちぱちさせて驚いた。
美咲の考えていることが少し分かってきた沖常は「高価なものではないから」と先手を打って言っておく。
美咲は明らかにホッとしている。
狐火たちが「値段なんてつけられないさ」「もはや神具だぞ」と震え上がっている。そういう意味である。
沖常が取り出した包みを遠くから眺めると、ブワワッと炎を揺らした。
室温が上がった気がして、美咲が少し首をかしげるが、分からない。
お互いのプレゼントを交換した。
美咲からは薄緑の四角い包み、マスキングテープで可愛らしくラッピングされている。
沖常からは和紙の小さな包み。
((心を込めて素敵なプレゼントを選んだから喜んでもらえるはず……勝負!))
相手をより感動させたいと二人ともが熱く願った。
「開けてみてもいいか?」
まずは沖常が聞く。
「はい、どうぞ。使い方を説明したいので、是非開封して下さい」
「使い方?」
沖常が取り出してみると……贈られたのは、大きめの手帳。
「スケジュール帳なんです。新年度が始まったばかりなので、これから予定を書いていくと便利かなと思って選びました。
イベント項目が凝っていて、四季の情報が細やかに記されているんです。記念日や、季節の変化について。こういうの、お好きかなって。絵本風のイラストも綺麗ですよね」
「ふむ」
沖常がぱらりと適当に開いたページには、紅葉やキツネのあたたかみのあるイラストが描かれている。
「秋分の日」の詳細が書かれていた。
(そういえば現世の人々は4月を節目に働くのだったか)と、沖常はぼんやり思い出す。
神々のとくに大切な節目は正月なので、人とは少し認識が違う。
スケジュール帳を美咲が指差して、説明していく。
指先の爪の桜色に沖常が少し目を惹かれた。
「初めのページに、一ヶ月の大まかな予定が書けます。そのあとは1ページで一日、詳細な予定が書けるようになっています。
表紙の後ろにはペンを差すポケットがあって、紐で繋がっているから失くしません。
裏表紙には写真を数枚入れるところもありますよ」
沖常が感嘆の息を吐いた。
「本当にこだわって作られているのだな……興味深い。使う者のことが考えられていて、製作者として身が引き締まる思いだ。俺は日誌をつけるような細かい性分ではないが、このスケジュール帳は楽しんで使えるだろう。
ありがとう、美咲」
笑顔でお礼を言われて、美咲はほわっと頬を染めた。
しかし距離は半歩ほど遠ざかる。
「み、美咲。どうした?」
「いえ……ちょっと……びっくりして。名前を呼ばれる心構えができていませんでした」
しかも名前を呼び捨てで呼ぶなんて、近しい間柄の者くらいである。
相手は知り合って間もない青年店主だ。
美咲が身構えたのも無理はない。
(……嫌がられたわけではなさそうだが、若い娘の繊細な心は難しいものだなぁ……)
沖常は眉尻を下げて、しょんぼりと耳を伏せた。
「スケジュール帳、気に入ってもらえて良かったです」
美咲がそっとフォローする。
落ち込んで欲しいわけではないし、自分が選んだ雑貨を褒められて嬉しいのだ。
にこにこと美咲が笑うので明るい雰囲気に戻り、沖常の耳もピンと立った。
美咲が噴き出しそうになるのを必死に堪える。
「おきつねさんからの贈り物も、開けさせて下さいね」
「ああ」
和紙の包みを美咲が開いた。
溢れた神光が眩しくて、狐火たちは「ひゃーーっ」と言いながら目を覆う仕草をする。ここまでしなくてもいいのだが、芸が細かい。
美咲は光に気づかないようだ。沖常が目を細めて様子をうかがった。
「わぁ……木製の櫛ですね。参りました……!!」
美咲は自然にそう口にしていた。
艶のある櫛はしっくりと手に馴染み、装飾がとても美しい。
「よしよし、そうか! よかった」
「ほ、本当に頂いてもいいんですか?」
「それは確認だな? 遠慮などする気にもならない逸品だろう」
「う。……はい。とても欲しいと思いました……っ!」
美咲は目を輝かせて櫛をいろんな角度から眺める。
彫り模様もあれば、天然石が埋め込まれていたり、押し花が貼り付けられていたり。どうやって仕上げられたのか素人には見当もつかない。とても美しい櫛。
「柘植の櫛だ」
美咲が心の中で童謡を歌った。
「おきつねさん、すごいです!」
「うむ、すごいのだ」
沖常の顔に「大満足」と書かれている。
狐火たちも机の陰でこくこくこくこくと頷いている。
「つげ櫛は水で洗わず、椿油で手入れすること。一日浸してから布で拭くといい。
これも渡してもいいが」
沖常がとろりと黄金の椿油が入った小瓶を取り出すと、美咲は慌ててぶんぶん頭を横に振る。
「さすがになにかを払わせて頂かないと……!」
「そう言われる気はしていた。何か対価を持っているのか?」
「ええと。この、琥珀飴はどうでしょう? 私のお気に入りの商品なんです」
美咲が鞄から袋を取り出す。
琥珀飴は隣町の和菓子屋の商品。幼い頃から美咲の好物だ。
袋には、きちんと成分詳細シールが貼られている。
(おきつねさんが『食べ物商品は成分を記す』ことを今後の参考にするといいかも)という思いもちょっぴり込められていた。
沖常は興味を示している。
「甘い物には目がないんだ。ぜひ交換しよう」
椿油と琥珀飴がお互いの手に渡った。
(おきつねさんは甘い物が好き? 覚えておこう)
目がない、とまで言われると、高価そうな椿油とは不等価交換すぎるよね……という美咲の悩みも和らいだ。
店内商品を見回ってから、美咲が帰っていった。