雑貨店デート
いつもは沖常に手を引かれがちな美咲だが、今ばかりは、美咲が沖常の手を引いて歩いている。
繋がれた手は、お互いにしっとりとしていた。
美咲は、通い慣れた商店街からは少し離れた、オシャレな街並みのストリートに沖常を導く。
よく行く場所だと、店員に美咲が認知されているため、目立たないようこちらの方が……と話すと、当初は「美咲がよく訪れる場所を見てみたい」と言っていた沖常も頷いてくれた。
今時珍しい和装で、目はりのお化粧をして、艶やかな黒髪を揺らして歩く男女はよく注目を集めた。
美咲はなんだかそわそわしてしまったが、沖常は堂々たる立ち振る舞いだ。
彼にとって人間は皆、見守るべき幼い命だし、敬いの注目を浴びることにも慣れている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ、美咲。邪気除けの化粧をしているから、変な輩に絡まれたりすることはまずないだろう」
「そ、そうですね」
「それに”何か”あっても、美咲には強力な盾がある」
「もう……」
緊張していた美咲が、やっと肩の力を抜いてはにかんだ。
沖常を以前「盾」と呼んでしまった時には慌てたが、そのことを本人にネタにされてからかわれてしまうので、美咲にとってスベらない面白い話、となっている。
軽やかな足取りで、二人は通路の真ん中を進んだ。
人垣が、さあっと割れていく。
☆
「いらっしゃいませ」
「ありがとう。少し見せてもらう」
雑貨店に来店して、沖常が挨拶に律儀に返事をしたので、店員は目を丸くした。
そして沖常がたいそうな美形なので、ぽっと頬を染める。
美咲は少し複雑な気持ちで、繋いでいた手の力をそっと抜いた。
「美咲、あちらを見たい!」
ぐい、と引っ張られる。
「えっ、あのっ、おきつねさぁん……!」
「なんだ?」
そわそわと目を輝かせている沖常にまっすぐ見つめられて、美咲は「なんでもないです……」と口ごもってしまった。
誘われるままに足を動かす。
美咲がチラリと横目で見ると、沖常にいざ案内をしようと張り切って近づいてきていた店員は、数歩進んだところでピタリと足を止めてしまっていた。
目はりの邪避け効果のためか、沖常と美咲の間に入りづらかったからなのか……本人にしか理由は分からない。
美咲は、なんだかいたたまれないこの気持ちは何事なのかと悶々としながらも、沖常が話しかけるてくるので、そちらに意識を集中した。
「この小さな籠の中に植物が寄せ植えされていて、小世界を作っているな。これはなんだ?」
「アートプラントです。ランタンや電球などのガラス枠や、鳥籠の中に、植物や小石を置いて、おきつねさんが言った通りに小世界を作っているインテリアですよ。サボテンや天然石も使われていますし、えーと、洋風のオシャレ盆栽……って感じでしょうか?」
「なるほど。盆栽も木と苔からなり、小世界を作っているからな」
このような物が流行りならまた盆栽を手がけるのもいい、と沖常が思案する。
小声の呟きを聞いた美咲が「今はまん丸い苔玉も人気ですって」と店のポップを眺めながら教えた。
検討、と二人の意見が揃う。
「様々な素材のクッション。いかがですか?」
「面白いな。コレなど初めての手触りだ」
沖常がマシュマロタッチ素材のクッションを撫でる。
揉んでみるともちもちの新感触。
気に入ったらしくカゴに入れた。
美咲はふかふかと毛足が長いクッションの毛並みを整えるように撫でている。
「あっ……おきつねさんのお耳の方が毛感触がいいですよ?」
「当たり前だ」
くっくっ、と沖常が口元とお腹を押さえながらも笑い声を漏らす。
美咲の手を沖常がじいっと眺めていたので、なにか言わなくちゃと思ったようだが、フォローがどころか神様に対してド失礼な物言いになってしまった。
あわあわと困り顔の美咲に、沖常は「いい、面白かった。あとで触り比べてみるといい」と告げた。
信頼関係が築かれているからこそ、失言も可愛げとして受け取ってもらえるのだ。
美咲はそのことを肝に命じて反省しつつも、獣耳に触れることをイメージしてにっこり笑顔になった。
アニマルセラピーである。
様々な商品を二人で眺めて、楽しく小声で会話する。
アロマキャンドルとキャンドルホルダー、様々な時計、壁紙の装飾シール、女子アクセサリーにオシャレな文房具、食器にコップ、小型スピーカーにスマホケース…………
大型雑貨だと、ベッドや机・椅子、家電も売っている。
「本当に何でもあるのだな……!」
「今はこういう、あらゆるものをまとめてワンフロアに展示する雑貨店が一般的です」
「まさに”雑貨”店だ」
沖常は感心したように頷いた。
自らの記憶と比べてみると、昔にはありえなかった規模の大きな店が多いこと、郵送などがしやすくなったことが変化の要因だろう、と考えた。
「……ところで。こちらの商品たちは、どこの作りなのだろう。作り手の姿がまるで見えないのだが」
沖常が商品のティッシュケースをひっくり返して、上から下から全体を眺めながら、不思議そうに首を傾げた。
「作り手……」
美咲が製造元を見る。
海外製だ。
たくさん並ぶそっくりの格好のティッシュケースシリーズを見て、ピンときた。
「この商品は大量生産で、機械が作っているから、作り手の姿というものが沖常さんには感じられないのかもしれません。手作りではないのかなと」
「あぁ、そういうことか。……それが今の時代の流行なのだな」
店内を見渡しながら沖常が言う。
やんわりと細めた瞳には、美咲たち一般人には分からない、特別な物の魂が見えているのだろう。
美咲はなんだか申し訳なくなる。
沖常は、一つ一つ気持ちを込めて雑貨を手作りしている職人なのだ。
「……おきつねさん……」
「ん? どうした美咲。そんなにしょんぼりとして?」
沖常は目をまん丸くして、不思議そうに美咲を眺めた。
あっけらかんとした様子が意外だったので、美咲は(あれ?)と驚いてしまった。
「ええと。職人が手がけた品こそ、おきつねさんは見たかったんじゃないかって思って……そういうのはもっと高級品なので、一般の雑貨店にはなかなか置いていないんです。すみません」
「あぁ、そういうことを気にしていたのか。いや、俺は一般の者たちが手に取る雑貨を見られて満足だぞ、美咲。なぜなら俺が作る雑貨も、手に取るのは一般の人間を想定しているからだ」
そういえば……と美咲が気付く。
【四季堂】の品をよくいただいている美咲も、生粋の一般人だ。
「神仲間に卸すような特別な品は、店には置かない。本日は【四季堂】の商品と似たものを見に来たのだから、この場所でよかったよ」
「ホッとしました」
美咲が緊張を解いて、肩の力を抜いた。
店員が耳をすませている気配がするので、移動をしながら小声で話す。
沖常は、そっくりに作られている既製品を柔らかな目で眺めていく。
「外国の物や、これまでと製法が違う真新しい物が流行った事は、これまで幾度もあったのだ。新しい物に惹かれるのは当たり前だ。俺だって、知らないものを知るのは新鮮で楽しい。その時代に合った流行があり、それは問題がない流れだと思っている」
話題が話題なので、美咲はどぎまぎとしながら、沖常の言葉に相槌を打った。
そっと見上げると、沖常は安心させるようににこやかに微笑んだ。
「様々な流行があり、人はやがて新しさに疲れてしまう。その時に求めるのはいつだって、俺たち昔ながらの職人が丁寧に作った品々なのさ。日本にある素材で、日本人の心に響くものを作っているからな。お前たちの血がきちんと分かって、俺たちに気付いてくれるんだよ」
沖常は、美咲の首元、着物の合わせのところにそっと手を置いた。
心臓がある場所よりも少し上ぐらいだ。
美咲は目を閉じて集中して、感覚を研ぎ澄ませてみる。
心臓が鼓動し、いつもより少し熱い血液が身体を流れている……と分かった。
この地で生きてきた祖先から受け継いできた血統。
きっと沖常のような神様たちが、見守ってきてくれたかけがえのない命だ。
「おきつねさんたちが守ってくれている、この国に生まれてよかったです」
「お、おお……そこまで飛躍したか。驚いたが……いい気分だ!」
沖常は照れたように頬を赤くして、快活に笑った。
きっと今、沖常の獣耳が見えていたら、元気よく揺れていたのだろうと思うと、美咲は今の黒髪姿の沖常に見惚れながらも、元の白銀姿を恋しく思った。
「この店は真新しさで溢れている。胸が躍るな!」
沖常がくるりと後ろ向いて、少しの間、美咲に背を向ける。
(そういえば尻尾は見たことがないんだよね)
美咲は沖常の腰あたりを眺めて思った。
また頼んだら見せてくれるだろうか……とちょっぴり期待しながらも言い出せない。
(だって、あの獣耳ですらふかふかと誘惑してくるんだもん。九本のふわふわ狐尻尾だなんて……! 触りたくてたまらなくなるに決まってるーー!)
美咲はぶんぶんと頭を振って煩悩を追い出した。
「おきつねさん。私が説明しますから」
外国製商品を手に取って首を傾げている沖常の隣に、美咲が寄り添う。
「ありがとう、美咲。おや、いつもとは立場が逆だな」
「そうですねぇ。いつもは沖常さんが、商品を私たちに説明してくれていますから」
「美咲は説明上手だし頭がいいから、しっかりと店番をこなしてくれそうだ。【四季堂】に美咲を招いてよかったよ」
もう何度目か分からない沖常の素直な褒め言葉に、美咲もほんのりと頬を染めて、はにかんだ笑顔を返すのだった
読んで下さってありがとうございました!
まだのほほんデートは続きます〜
雑貨店、大好きです( *´꒳`*)
いつも感想下さる皆様、ありがとうございます! 大切に噛みしめながら読ませて頂いています。執筆の活力です




