猫娘のお礼☆
「にゃふふ」
鰹のタタキの匂いが猫娘の敏感な鼻をくすぐり、ご機嫌にしていく。
(猫は基本的に雑食だけど、日本の猫だけはとくに魚が好きなんだよね。日本人は昔から漁で魚をとって、家畜やペットにも食べさせていたから……という理由。インドの猫はカレーを食べるし大陸の猫は肉を食べる)と美咲が思い出した。
鰹が大好きな猫娘は、まさに日本の神様なのだ。
「どうぞ召し上がって下さい」
「いただきます」
神々が綺麗な所作で手を合わせた。
きよらかな空気になった気がして、美咲はここちよく目を細めた。
それぞれが自分のペースで箸を伸ばす。
つまり全員自重しない。
取り分け箸があれば取り合いになるかもしれなかったので、あらかじめ一人分の皿をそれぞれに用意していたのは大正解だった。
「んまい!」
猫娘がぱああっと顔を綻ばせる。
歯ごたえのある初鰹をもきゅ! もきゅ! と尖った歯で噛み締めた。
旨味が舌に広がる。
「ウチはだし醤油が好み」
「はい」
美咲が猫娘に差し出したのは、陶器の猫の醤油差し。
「〜〜もう! この食卓! 猫だらけ!」
醤油差し、箸置き、お皿、座布団まで。全て猫の柄や猫の形である。
「歓迎の証だ」
「お狐様! 思惑がとーっても分かりやすいにゃあ! フン! 悪い気分じゃにゃい……」
猫娘は顔をそらしているが、頬は赤く耳がピクピクしているので分かりやすい。
美咲がにこにこしていると、やつあたりで猫娘に頬をつままれて、餅のように伸びた。
「お餅みたい。今度ここにも噛み付いてやろうかっ」
「猫娘さんはお餅が好きなんですね。寒い季節になったらお雑煮もいいですねぇ」
「顔に跡をつけられて困るとかにゃいの!?」
「あ。そういえばそうですね」
美咲のマイペースさに猫娘が脱力した。
美味しいものが口に入っているといっそう気持ちが大らかになるのだ。
「お雑煮ですか。大変楽しみですね」
「「「「おれたちも!」」」」
「冬までもいろいろと楽しみが多いだろうなぁ。なあ、美咲よ
のほほんと彼岸丸と炎子がお雑煮に想いを馳せて、沖常はにこりと美咲に話しかけた。
「はいっ」
「ここにいると怒気も削がれちゃうにゃあ」
猫娘ははあ、とため息を吐くと、もぐもぐ鰹のタタキを頬張る。
刻み海苔と鰹節がかけられたご飯を食べて、ふああ、と至福のひと息。
吸い物もごくりと飲む。
「ごちそうさまでした」
みんなが大満足でポンとお腹を叩いた。
「じゃあ……ウチは人気者で忙しいから。もう行くにゃあ」
猫娘がひらりと軒先へ。
「あっ。猫娘さん、じつは初鰹のヅケを作っておりまして」
猫娘が戻ってくる。
「そういうことは! 早く言えっ!」
「これです」
美咲はタッパーに入った初鰹漬けを渡す。
醤油とみりん、卵黄で漬けてある。一晩寝かせるとより味が染みて絶品になるだろう。
ごくり、と猫娘が喉を鳴らす。
美咲はタッパーを雪模様の風呂敷で包んであげた。
「どうぞ」
美咲が渡せば献上品。神にとっての力となる。
「お狐様、本当にお上手。もー。じゃあ……また今度イイコト運んできてあげるにゃあ」
「ああ。よろしく」
「また会えるのを楽しみにしていますね!」
「み、美咲〜! お前ってやつは……お前ってやつは!」
「ひゃあ!?」
猫娘はわなわな震えて、ずんずん美咲に近づいていくと、頬を甘噛みしていった。
ほんのりと赤く跡がつく。
「フン!」
ぷいっと顔を逸らすと、今度こそ黒猫姿になり出かけていった。
美咲はぽかんと頬を押さえる。
「美咲さんよくやりましたね。まさかのまた噛まれるとは。
さあ猫娘の幸運がある今のうちに、仕事をこなしていきましょう。よい影響があるやも。さあさあ」
「こら彼岸丸。この幸運は美咲のものだ。仕事に生かそうとするんじゃない、その砂時計をいったん仕、舞、え」
「鬼の戯言は面白かったですか?」
「…………」
「お、おきつねさん。大丈夫ですから。み、みんな仲良しがいいなぁ……!」
美咲がそう言うと、待ってましたとばかりに彼岸丸が手を差し出す。
沖常に握手をせがんでいる。
「…………」
沖常は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、2人が握手をして、なんとか場が収まった。
「いいことかぁ。今の状態がすごく好きだから、特別ないいことがなくてもいいから、安定して日常が続けばいいなぁ……」
美咲がぽつりと話す。
すると小さな巾着がポスッ! と頭に当たった。
塀の上から投げられたようだ。猫娘が顔を覗かせて「んもぅ! 欲がないー! 恩知らずー! 幸運泣かせー!」と舌を出していた。
「あっしまった……怒らせちゃったかな……!?」
「そうでもないさ。美咲が無欲だから猫娘は安心したみたいだぞ。幸運を願ってあやつに鈴をつけたがる強欲な者は多いからなぁ……」
「猫娘さん、大変なんですね」
美咲はしんみりした気持ちになった。
また好物をつくって黒猫を迎えよう、と決めた。
巾着を開けてみると美咲が好きな琥珀飴だ。お気に入りの店のもの。
「あれ。私の好物を知ってた? さすが情報屋さん」
ふふっと美咲は微笑んで、飴を全員に配る。
「まず毒味いたしましょう、と言うつもりでしたのに。美咲さんのボケ封じには参りました」
「彼岸丸よ……何がお前をそこまで駆り立てるんだ……」
なんだかんだ最後の笑いまでとっていった彼岸丸は満足そうに帰る。
本当に食べるだけ食べて帰っていった。
沖常が美咲の頬の噛み跡に手を当てて「んー」となにやら見極めている。
「ん。いいことが起こるなら明日だな。楽しみにしているといい」
「そうなんですか? あっ。それなら明日一緒に出かけませんか」
沖常がぱちりと瞬きする。
「炊飯器を見に行こうって話してましたよね。それに今後お店にお客さんを呼ぶために、商店街の雑貨屋さんを視察するのもいいかなぁと思って。
”いいこと”のおすそ分けができたらいいなぁって」
自分が普段できるお礼はほんのささやかなことばかりだから、と美咲は思っている。
沖常はポンと手を打った。
「行こう!」
「やったぁ!」
2人で少し赤い顔で笑いあった。
「「店番はおれたちにまかせなー」」
「「いってきなー」」
炎子たちが頼もしく親指を上にぐっと立てる。
(でーとじゃん?)
(やったぜ)
こっそり考えた。
美咲は風坊主に守られながら家に帰る。
ベッドにぽすっと倒れこみ「誘っちゃったぁ」と熱くなった頭でぽわぽわと考えた。




