乙女の懸念とご縁
「ああっ」
真里が落としてしまった紙を美咲が拾い上げる。
「集めるね。だい、じょう、ぶ…………?」
紙に描かれている人物を見て、ピシリと固まる。
「……私……?」
((アアーーーーーッ!!))
真里とほのかが同時に頭を押さえた。
(こっそりスケッチしてたのがばれちゃった……っ)
(変態行為だからこれは美咲さんに嫌われちゃっても仕方がない。自業自得。合掌だわ……)
美咲と沖常が数枚のスケッチを拾い上げてまじまじ眺めている。
「何か!?!?」
真里が顔を真っ赤にして仁王立ち、啖呵を切った。
(うっわぁ。それ逆ギレって言うんだよ、真里)
ほのかは哀れみながらも、美咲たちの反応が思っていた感じとは違うな……? と横目で観察する。
美咲と沖常は目を輝かせている。
「うわあああ……! 私、こんなに素敵に描いてもらっていいのかな? 真里さんの画力のおかげで、自分じゃないみたいに素敵な絵……嬉しい。ありがとう」
「君の絵には光り輝くような才能を感じるな。うむ、素晴らしい」
「当然だわーー!!」
真里が半泣きで言い放ったので、ほのかがお腹を押さえて崩れ落ちた。
ぷるぷる震えながら立ち上がり、沖常に話しかける。
「こ、この絵と交換ならどうでしょう? 絵の具のお代として」
「おお。それはとても良い」
沖常は反射的にオッケーを出した。
隣で美咲が恥ずかしそうにしているので「あっ」と後の祭りで気づく。
ぷっ! とまたほのかが噴き出した。
「良かったねぇ、美咲さん! あなたは綺麗で、店主さんにとってとても良いものなんだってさ。
ホラ、真里。それでいいでしょ?」
「う、うん!」
真里がスケッチを3枚渡す。
沖常は思わず受け取った。
背後から狐火のにやにや視線を痛いほど感じる。
「あー。うん。ではこれを……交換成立だ」
「絵の具を三つとも!? やったぁ!!」
表彰でも受けるかのように恭しく、真里が絵の具を丁寧に受け取る。
ニコニコの笑顔だ。
「あっ。可愛い」
「ふあっ!? な、何よ!」
思わず美咲が素直な感想を漏らすと、真里がぎょっと叫んで一歩下がった。
「ビックリさせちゃってごめんね」と美咲が困りながら謝ると「平常心だわ!」と見栄が返ってくる。
(どうしよう。なんだかとっても面白い)
ほのかを見ると、また口を押さえてぷるぷるしていた。
「っはー。真里がこんなに楽しそうなの久しぶりに見たよ。美咲さん、ありがとう」
「えっと……とくに何もしていないけど……どうしたしまして?」
「また絵のモデルしてあげて」
「う、うーん?」
「ほら店主さんも嬉しいでしょ」
「そうなんですか?」
ほのかが(そうなんですか? って本人に聞いたぁ! 天然素直なんだね美咲さん)とまた口元をヒクヒクさせて笑いを堪える。
「良いものがこの世に増えるのは歓迎だ。せっかくの機会なんだし、美咲が嫌でなければ絵のモデルをしてあげたらどうだ?」
「こ、光栄です」
美咲と沖常は和やかな二人の世界を作っているし、真里が「光栄? 真似すんじゃないわよー!」とつい吠える。
(この関係、面白すぎるにも程があるわ!!)ほのかのお気に入りに、美咲が加わった。
*
真里とほのかが帰っていく。
彼女たちはこれから家庭教師がやってくる時間らしい。
美咲の通う学校にはお嬢様が多く、二人も高級住宅街に住んでいる。
「今日はありがとう。あなた、いい店員さんだと思うわ」
真里がおずおずとぎこちなく美咲にお辞儀する。
「あっご丁寧に」と美咲が同じ仕草を返した。
微妙な距離感に、二人で苦笑いする。
「ああもう、目を合わせて会話ができるまでになって……良かったね……ううう!」
「ほのか、その演技は何……? 不気味よ」
「おふざけ。まあ祝福は素直に受け取りなさいよ、真里。美咲さん、また学校でね!」
「うん。ほのかさんも来てくれてありがとう」
「ほのかでいいよ。こっちは真里でいいし」
「あっ!? 何を勝手に! 私からそう言うつもりでいたんだからね!?」
「あはははははそうなの!?」
「分かった。ほのかと真里ね」
美咲がにこにこと名前を呼ぶ。
「私のことは美咲って呼んで」
三人で笑いあって、心の距離が近くなった気がした。
美咲が少し迷ってから、付け加える。
「【四季堂】の商品、素敵でしょう? もし良かったら、また来てね」
「うん、そうだね。あたしは五月の風っていう商品が気になったかなぁ。緑の葉を組み合わせた風車。童心が疼くわー。
次に訪れるときには私も良いものを持ってくるからね。美咲さんの絵を入れる”額”♡」
どう? とほのかが沖常を見る。
ちょっと苦手なタイプだなぁ、と苦笑いしながら、沖常は頷いた。
「やったね! じゃあピッタリサイズの額を見つけてくるから任せて。うち、商取引業家系だからそういう取り寄せが得意なんだ。真里の画材も差し入れしてるの。ちなみに真里のところは芸術家の家系。めっちゃ厳しく育てられたから、ひねくれちゃって〜」
「余計なところまで言い過ぎよっ」
真里がほのかの手をぎゅむっとつねった。
「美咲さん。……私、確かにほのかの言う通りに素直じゃないのよ。だからあなたのことを聞かれても、雑貨店バイトのことなんて誰にも教えてあげないんだわ。
それよりも、今後もお店に通わせてもらいたいの」
「もちろんあたしもね。美咲さんのことをもしも聞かれたら、私たちと勉強してるってアリバイ作ってもいいよ〜。せっかく店主さんと仲良しみたいだから、青春を楽しみなよ」
「あ、ありがとう……!」
思いがけない言葉に美咲が驚きながら、心からお礼を言った。
(ずっと怖かったの……学校や家庭にばれること。二人が庇ってくれるなら、とっても頼もしいよね。真里さんのことを避けていたけど……すごくいいご縁になったなぁ)
胸を撫で下ろした。
真里が(すごくいい裸婦像になりそうなんだけどぉぉぉ)と考えているのを察して、ほのかがスパンとセクハラ撃退チョップをした。
「ありがとうございました。またのお越しを!」
美咲が嬉しそうに手を振る。
乙女たちによいご縁があったようだ、と沖常が微笑みながら、扉の脇にひかえていた黒猫を抱え上げて美咲に渡した。
書き溜め分おわったので、これから不定期更新です。
内容を詰め込んでいくので、引き続きお付き合い頂けますように。
そして自動更新だからお礼しそびれていたんですけど、エイジさんレビューありがとうございました!拝んでますー!(。>ㅅ<。)
皆様いつも読んでくださってありがとうございます!




