真里とほのかと美咲と
同じ制服? と、沖常が首を傾げた。ああ学校の知り合いか、とポンと手を叩いた。それでは、学校に知られたくない美咲にとってはまずい状態なのでは? とやっと思い至って、むむむと唸った。
美咲は口をぱくぱくさせている。
真里たちもどう話を切り出そうか迷っているようだ。
「そのエプロン、に、似合うわね!?」
「ど、どうもありがとう……!?」
「「ふはっ!」」
真里と美咲のとんちんかんな会話を聞いて、沖常とほのかが同時に吹き出した。
ワンテンポ遅れて、ころりと沖常の背後から狐火が落ちて、床でころころ笑い転げる。
「「「うひひひひっ!」」」
「な、なにそれ!? 光の塊がうごめいてる……っ!?」
「えーーっ!? 火の玉みたい」
美咲は困惑しながら、真里たちと狐火を交互に見た。
可愛らしい狐の顔には反応せず、火の玉扱い? と不思議なようだ。
困ってしまって、助けを求めるように沖常の袖をつまんで引くと、「あ、ああ、すまないな」と笑いを噛み殺しながら返事をされた。
かなりツボに深く刺さったようだ。
「これが気になるか?」
「え、ええ……」
沖常につまみ上げられた狐火は不服そうに腕組みをしている。
沖常がゆらゆらと狐火を揺らしてみせた。
真里とほのかが目で追う。
「光玉。この雑貨店の非売品なのさ」
(えーーーーっ?)
美咲が口を押さえて、なんとか悲鳴を飲み込む。
グッジョブ! と炎子が親指を上に立てて美咲にジェスチャーした。
もちろん真里たちにはただの火の玉にしか見えていない。
沖常はぽいっと後ろに狐火を放った。
狐火はころころ廊下を転がって、ピタッと止まり、両手を上げる。回転着地成功! 十点!
美咲の腹筋耐久力が試されている。
「雑貨店【四季堂】へようこそ。お客様たち」
沖常がに綺麗に微笑んでみせる。
ぽーっと真里とほのかが一瞬見惚れた。
ハッ! と美術馬鹿が覚醒する。
「ここに、美咲さんが購入したのと同じ絵の具はありますかっ!?」
「はて」
沖常は(どれだっただろうか)とのんびり首を傾げた。絵の具は複数種類あるのだ。
せっかちな真里の目がどんどんと鋭くなっていくので、ほのかが「おちつけ」と脳天チョップした。
「なにすんのよぅ」涙目で振り返り、二人で少し言い合う。
そして店の端、常設展示コーナーに「夏の花火みたいな極彩色の絵の具」を見つけた!
「ああああああーー!! これよ、これ! 探し求めていたの……! 店主さん、手にとってみてもいいかしら!?」
「あ、ああ」
勢いに押されながら沖常が了承する。
真里は箱をあちらこちらの角度から舐めるように見て、口元を押さえて悶え、声にならない声をあげる。パッケージに描かれた花火の色彩に感激しているようだ。
「正直まじ不審者」とほのかがドン引く。
親友の美術品萌えは尋常ではないのだ。
すみませんね、とぺこりと沖常たちに会釈した。
「美咲の宣伝がさっそく結果になったなぁ」「えっ!? えーと……うーん……?」「はははは」と、店主たちはとてもゆるい会話をしている。
(どーいうこと? 宣伝……? エプロンをしているってことは……美咲さん、もしかしてバイトしてるのかな?)
ほのかは鋭く感づいた。まあいったんスルーする。
そして真里に向き直る。
「感激してるばかりじゃ買えないよ」
「ハッ…………そうだ。箱に製造元が書かれていないから、産地はどこなのかとか色々と想像していたら夢中になっちゃった……! 店主さん。これを購入したいのですが、おいくらですか!?」
真里が財布を取り出す。
「おいくらでも支払います。三箱、置いてあるだけ下さい!」
沖常が「まあ落ち着いて」となだめた。
万札が顔を覗かせていたので、美咲がひいっと悲鳴をあげた。
「この店の商品は金銭では買えない」
沖常の言葉に、真里もほのかも怪訝な顔になる。
商品はお金と交換、というのが現代人の常識だ。
ではなにを要求されるのか? と身構える。
「君たちが”よいもの”と感じるものと交換だ」
「「…………??」」
真里たちは首を傾げている。まったくピンと来ない。
「まあ例えばの話だが。美咲は桜ペンセットと星のコンペイトウを交換したことがあるな」
「……そんなのでいいの……?」
真里たちはやはり理解ができない様子。
沖常が少しムッとする。
「そんなの、と感じるのは君たちの勝手だが……。俺は桜ペンをとても気に入ったぞ。春に桜色のペン。風流でよいではないか。季節を取り入れた商品はとても好みだ。この店もそのような雑貨を並べている」
そう言われて、真里とほのかたちはやっと店内をしっかり見渡す。
みずみずしい新緑の苗木が置かれていて、緑色の商品が多い。爽やかな五月の風を感じた。
「……五月らしいです」
「そうだろう?」
沖常が少し機嫌を直す。
まだ少し顰め面なのだが、狐耳がピンと立ったので、美咲はこっそり笑った。
真里たちは美咲の笑いの理由がわからなかった。
「つまり、季節のものと店内商品を交換ということですか?」
「まず、君たち自身が素敵だと感じるもの。そのうえで季節の商品だとなお俺の好みだ、という感じだな。等価交換を求めたい」
「……けっこう難しいですね……」
真里がうーん、うーん、と頭を悩ませている。
素敵だと思うもの、大切なものは真里にとっては画材だが、それらを譲ることはできない。
「どうしても[夏の花火みたいな極彩色の絵の具]が欲しいです……。だから少し考えさせて下さい」
「いいとも」
丁寧に作った思い入れがある作品に対してそこまで言われると、悪い気はしない。
沖常は椅子を運んできた。
真里がそこに座り、ごそごそと鞄を漁る。
「……ねぇ、美咲さん」
「な、なぁに」
美咲は大柄なほのかを見上げた。
(ほとんど話したことはないんだけど……たしか運動特待生のほのかさん、だよね?)
「色々と驚かせちゃってごめんね。美咲さんがここにいたってこと、もちろん言いふらしたりしないから。もうちょっと、真里をお客さんとして見てあげてくれるかな?」
「!」
ほのかは「お願い」と手を合わせた。
学校にバレたら、と一番気にしていた懸念が取り除かれたので、美咲はホッと息を吐く。
「はい。もちろん。【四季堂】へようこそ」
「わー! 店員さんって感じ! ありがとう!」
美咲とほのかはぎこちなく、でも穏やかに笑いあった。
真里は「あれもこれもピンと来なぁい!」と嘆きながら、画材を出し続けている。
どこにそんなに入っていたのだろう!? と驚くくらいの画材が椅子の端っこに積まれていった。
しびれを切らした黒猫が真里の足に絡みにいって、「ぎゃっ」と真里が悲鳴をあげてスケッチブックを落とした。
店内に紙が散らばった。




