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新緑の絵の具セット

(ここ? なぁに……入りづらい……妙に足がすくむんだけど?)


(わ、分かる。ううう、でも美咲さんの絵の具の秘密についに辿り着いたんだわ!)


真里とほのかが様子を伺う前で、美咲はのんきに招き狐の頭を撫でて、扉を開けた。


「ただいま」


嬉しそうに入店していく。

店内からは「おかえり」と穏やかな声が聞こえた。真里とほのかが心を震わされて、びくっと立ち止まる。


「……なに? 今の声」


「さ、さあ。こ、怖くないわよっ」


真里が頭を振る様子を、ほのかは頬をかいて眺めた。

黒猫もするりと店内に消える。

「にゃふふ♪」と振り返りながら。


「……ここ、雑貨店みたいね。玄関先に細々と商品が並んでる。お店の窓から、ちょっとだけ中の様子が見えるね。うわぁガラス細工だ。あっちは木彫りの置物」


「【四季堂】の看板もあるから目的の場所で間違いないよ」


真里とほのかはごくりと唾を飲んで、「ここ美咲さんのお家ではないよねぇ。ただいまって? なんで?」「商店なら私たちが入っていってもいいのよね!」と相談をして、しばらく経ってから思い切って扉に触れた。





沖常たちは美咲を出迎える。


「おかえり!」


はにかむように笑う美咲の顔に癒された。

美咲はカウンターの裏に鞄を置き、エプロンをつけると、メガネケースを取り出す。


「はい、お土産です。今日は下校途中にとても綺麗な葉っぱを見つけました」


「ほう。それぞれ深緑から薄い黄緑まで、色調が違っていて並べると見事だ。グラデーション、というのだったか? 美咲は持ってくるもののセンスがいいな」


褒められた美咲は嬉しそう。

ささやかな気遣いで何倍もの褒め言葉と笑顔が返ってくるのだから、もっと何かをしてあげたくなる。


「ちょいと新作の絵の具を作ろうか。新緑のグラデーションの絵の具」


「わあ! 素敵ですね」


「気分が乗っている時にすぐ作りたい。先に手伝ってくれ」


沖常は美咲を呼び、うきうきと奥の仕事部屋へ。

その間、店番は炎子にまかせる。

黒猫も一緒だ。


「…………。猫娘よ。おまえさん、よく耐えているなぁ」


「……にゃあ!」


黒猫はぷいっとそっぽを向いた。


「本当は美咲にじゃれつきたいだろう? ほれほれ」


美咲が置いていった鞄についた猫のストラップを炎子が揺らすと、ぐるるるる……! と黒猫が喉を鳴らす。威嚇しつつ、どこか甘えるように。


「ふしゃーーー!」


「なにする!」


黒猫と炎子がドタバタとカウンターの周りで暴れて、追いかけっこした。





沖常は木の板の上に葉っぱを並べた。

グラデーションになるように。

色を吸い取るスポイトを構える。


「このように素材由来のものの上に置いてやってから色を吸うと、より綺麗な色を摘出できるんだ。使用者はこの色の絵の具を扱う時、風景を頭に思い描くこともできる」


「あっ……! それなら、夏の花火みたいな極彩色の絵の具も? あれを使って絵を描いている時、夏の夜空が頭に思い浮かんだんです」


「そうか、よしよし。あれは夜空の着物の上に、花火の写真を置いて色を吸い取ったんだ。美しかっただろう。直接眺めた花火は、望遠鏡を通じてしずくとして採取し、ドロップにした」


「雨が飴になるどころか、花火の火花がドロップに……!?」


「ははは。食べると身体が火照るから、寒い日に食べるといい。また冬になったら渡そう。

旬のものを季節のうちに食べるのもいいが、寝かせておいて、適切な時期に口にするのもまたよいのだ」


沖常はそう言いながら、手を動かしていった。

色を採取したら、パレットの上に出す。透明な水晶の粉と混ぜた。さらに水飴を加えて、ねっとりと練っていく。時々、清水を足す。


「美咲、蓋を開けたチューブを持っていてくれ」


「はい」


「これを使う。”吸い込め、吸い込め……”」


小さな茶色の瓶の口に、とろりとした緑色の絵の具が吸いこまれていく。


「あ! 生命茶を作った時の、ミニバージョンの道具……?」


「そうそう」


チューブの中に”吐きだせ、吐きだせ……”と流し入れて、作業が終わった。

同じ動作を繰り返し、10本色の絵の具セットが3組完成する。


「よし。満足」


「今回もいい季節の雑貨ができましたね!」


美咲は目を輝かせて、絵の具セットとパレットに残った緑色を交互に眺めた。

沖常が「そうだ」と小筆を取る。


「手を貸してごらん」


「? はい」


美咲が抵抗なく差し出した手の爪に、葉の色を塗っていった。

ふうっと息を吹きかけると、瞬く間にカラリと乾く。


「季節のお裾分けだ。手を洗うまでは色が継続する。帰宅前まで、楽しんでみなさい」


「わあぁ……!! こんなにおしゃれをするの、初めてです。おきつねさん、ありがとうございます!」


美咲と沖常はにこやかに微笑みあった。

絵の具セットを持って店頭に戻る。


炎子と黒猫がバタバタと店内を駆け回っていて、二人の少女がぽかんとそれを眺めていた。


美咲と目があう。


「「「……あーーーーーっ!?」」」


真里とほのか、美咲は、思わずお互いを指差して声を上げた。



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