三種のウグイス笛
美咲は店内展示を見渡して、商品のポップをどう作ろうかと沖常たちと相談した。
今日はイメージだけして帰宅する。
明日からは、美咲が【四季堂】ですこし働いてから、料理を作ってみんなで食べて帰宅、というスケジュールになるだろう。
色々と時間が足りないようにも感じるが、
「……まあ、時神の砂時計というものもあるので」
「時間をゆっくりにすることができますよね」
沖常と彼岸丸はこのようなことも企んでいた。
【四季堂】の奥の座敷(神の世との狭間)にいる限り、少し、美咲が滞在する時間が伸びるだろう。
もちろん破格の神具である。
「店舗を賑わせたい……か。どうなることやら。まあ、美咲にまかせてみようか」
沖常は美咲のやりたいことを応援しよう、と思った。
無茶な真似はしないだろうし、彼女の優しい雰囲気が加わった【四季堂】に穏やかなお客が来てくれるといいな、と少しわくわくと考える。
「私も全力で宣伝いたしますね」
彼岸丸が腕まくりする。
「お前は形相が怖いから接客はやめておけ。接客は笑顔が大切なんだぞ?
あと努力しすぎないように……凝り性の鬼が本気を出し、洪水のように人が押し寄せても困る」
「たしかに、存在を定義されてからずっと笑ったことなどございませんでした」
せっかくなので練習いたします、と彼岸丸が口角を上げる。
口端がぴくぴくと引きつっていて顔の他のパーツが微動だにしていないので、恐ろしく不気味である。
「要改善だ……」
「そのようですね」
沖常が頭が痛そうに、こめかみをトントンと叩き、彼岸丸は飄々と答えた。
*
放課後、美咲は【四季堂】を訪れて、まず掃除をした。
商品を眺めて、彼岸丸が置いていった冊子と見比べ、名称と効果を暗記する。
押し花のしおり、スズメの目薬、熊の爪石、雨音の時計、梅の香り箱……
「あれっ。ウグイス笛?」
美咲が不思議そうに小さな鳥型の笛を眺めて、冊子を読み込む。
季節にあっていないと思ったのだ。
沖常がひょいとウグイス笛をつまむ。
「これは『ホーホケキョ』と鳴く、春の桜色ウグイス。
こちらは『チャッチャッ』と笹鳴きする初夏の緑色ウグイス。
変わり種として『ケキョケキョケキョ……』と谷渡りの音を出す青色のウグイスだ。
まあ笛なので、季節の色を塗って仕上げてみた」
三色のウグイス笛を美咲の手のひらに置く。
美咲が「へぇ」と驚いたようにまじまじ観察した。ウグイスの活動期間を知らなかったのだ。
細い竹を組みわせた笛、木彫りの鳥の部分には鮮やかな模様が描かれている。
沖常が懐かしむように目を細める。
「昔はウグイスを塗る発想なんてなかったのだが。
人々が祭りの屋台で色とりどりのウグイス笛を売っているのを見て以来、こうして色付けも楽しんでいる。ただの茶色よりも気分が明るくなるだろう?」
「そうですねぇ。おきつねさんの色付けのセンスが好きです」
「そうか!」
満足げに笑う沖常。
美咲は(好意をそのまま受け取ってもらうのって、確かに気持ちが良いね)と昨日の彼岸丸のアドバイスを思い出した。
「鶯は地味な茶色の鳥だ。と、知っているか?」
「えっ!?」
美咲は記憶を探った。美術教科書で見た「鶯色」は、たしかに緑色だったはずだ。
「やはり誤解していたか。うーむ。実は、一般的に「鶯色」と言われる緑はメジロの色なのだ。
昔の人々は『美しい声でホーホケキョと鳴く鳥はさぞ綺麗なのだろう』と思い、羽色が美しいメジロをウグイスと見間違えた。その誤解が現代まで続いているらしい」
「知りませんでした……!」
「そのうち中庭にもウグイスが遊びに来るから、観察してみるといいだろう。ああ、ウグイス笛を使って呼んでみようか」
ありがとうございます、と美咲が浮ついた声で返事をする。
「人が伝承したことには、間違いも含まれる。もし何かを知りたければ、本物を目にするのが一番だ」
「その通りですねぇ」
美咲は深く納得した。
どのウグイスの顔が好みか、と沖常と話しながら笛を選ぶ。
前日に煮てあったお揚げを使って、いなり寿司を作った。
「ずっとこれが食べたかった!」
「「「「ほんとそれー!」」」」
沖常たちが舌鼓を打つ。
彼岸丸は「あちらで働いている炎子たちへの手土産にしたいのですが」と相談してきたので、美咲は快くいなり寿司を譲った。
代わりに「紅譲りの彼岸花」をもらった。瓶に入った彼岸花の花びらを1つ唇に乗せれば、鮮やかに赤く染まるのだという。毒はない、と念押しされたのがかえって怖かったので、あとで沖常に確認をとり、やっと安心した。
軒先に座り、中庭に向けてウグイス笛を吹く。
『チャッチャッ』と初夏の鳴き声を響かせると、茶色の小柄な鳥がやってきた。
「ウグイスの鳴き声は縄張りの主張でもあるんだ。だから様子見に来たんだろう」
という沖常の言葉に、美咲はまた驚く。
(世界がまるで昨日とは違うみたい)
美咲たちが戯れに鳴らした笛の音だと知ったウグイスはやけに人間臭くため息をつく仕草を見せて、美咲の肩にちょんと止まった。
爪がちくちくとして、ほんのり温かい。柔らかな茶色の羽が頬に当たり、美咲は真実を体感する。
これからも、美咲はたくさんのことを知るだろう。
神様が守るゆりかごの中で、目を好奇心旺盛に瞬かせながら、輝くような世界を見るのだ。




