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月神の被衣(かつぎ)

美咲が天ぷらを持ってくると、ちょうど同じタイミングで沖常が現れる。

手にはきらりと光沢のある薄紫色の薄布を持っていた。


「おまたせ。料理を頂く前に、この布をちょっと細工しようか」


揚げたてが美味しいんだけどな、と美咲がチラリと考えながらも頷く。

他のみんなも沖常の動向を待つようだ。

沖常は「すぐできる」と言った。


「美咲。被衣かつぎは知っているか?」


「……はい。昔の高貴な女性が、街歩きの時に顔を見られないように隠す、頭から被る布だとか。いろんな種類があって、時代によって用途も少しずつ変わるとか」


美咲が歴史の教科書の内容を思い浮かべながら、語る。


「よく知っているな。まあそんな感じだ。こちらに」


「はい」


美咲は皿を机に置いて、沖常の前に立った。

沖常はさらりと布を広げて、美咲に被せる。


「わぁ……!」


「動かずにいてくれよ」


視界が輝いたように感じた。美咲はパチパチと瞬きして、直立する。

沖常は、ただかけていただけの薄衣のところどころを指でつまんで、クリップでとめていった。

薄ピンク色の花がついた細やかな髪飾りを使っている。


「これ、桜ですか?」


布の内側から目を凝らしながら美咲が尋ねる。

花がほわっと光っているように見えて、目を細めた。そんなばかなー、と思いながらも眩しさは現実だ。軽く混乱している。


「うむ。花姫たちが置いていった苗を育てて、俺が花弁を髪飾りに加工したものだ。美しいだろう? 店舗に置いているものの中でも高級品だな。

美咲には桜のイメージがあるんだ」


「初めて交換した品が桜ペンだったからでしょうか?」


美咲がふふっと微笑んだ。

沖常の思い出となっていることがなんだか嬉しかった。


「できた。様になっているではないか」


「綺麗だなー!」


炎子たちがやんやと褒める。

被衣かつぎのながれるようなドレープと桜の飾りは、美咲によく似合っている。

沖常は「美咲に合うように整えたのだから、当然だろう?」と満足げに呟いた。


「なんだか……風景がやたら眩しいような気がするんですよね……?」


「それは月神の被衣かつぎと言っただろう」


沖常が説明してくれそうなので、美咲は口を閉じて耳をすませる。


「美しい絹織りの達人である蚕婆さまが直々に蚕乙女たちの糸を織り、布地を仕上げた。それを鬼が黄泉に運び、渡りの大川の水に漬けて、幾年分もの夜闇を吸わせた。生者が生まれる光の道をくぐらせてこの店に運び、闇の色を抜いたものが……この月神の被衣かつぎだ。

現世の人を神力で包み、神の世界を”視せる効果”がある。」


「大がかり……!」


別格の神具なので、美咲はとっさにそのような感想しか言えなかった。

さらりとした布を楽しげに撫でていた指の動きはビクリととまってしまう。


「今の美咲は、鍛錬をつんだ最高巫女の眼差しで、世界を眺めているということ」


「………………光栄です……ッ」


美咲は頭をクラクラさせながら、それだけ告げた。

炎子がぷはっと吹き出し、彼岸丸は「ギリギリ合格」の判定を出した。


「では。その視界で、机の上の天ぷら皿をみてごらん?」


「……うわーーーーーっっっ!! 眩しい〜〜!?!?」


美咲は驚愕した。

自分が作った料理が驚くほど輝いている!


「神様への献上品。こういうことだったんですね!?」


「そう。なにせ四季の彩りの神・白銀狐が認めた料理だからなぁ」


「地獄管理局の三番手である優秀な鬼・彼岸丸も認めていますしね」


天ぷらを眺めて二人がぺろりと舌舐めずりする。


(たたた確かに、ここまで輝いている料理を食べたら神力アップしそうだよね……)


それが自分の手料理なので、美咲は頭が痛くなった。

でも、美咲の手料理ならばなんでもこれくらい輝くのだろうから、別に「すごくいいものをまた作らなくちゃ!」とプレッシャーに思わなくてもいいのだ。

(簡単に作った天ぷらだけど、おきつねさんたちが手伝ってくれた効果もあるかもしれないよね)と思い直して、バクバク鳴っている心臓を落ち着かせる。


彼岸丸が美咲をじっと眺める。


(ーー月神の加護で守りつつ、黄泉の視界を与える被衣かつぎ。美咲さんは着こなしてしまうのですね)


彼岸丸はすっとお茶を飲んで、ひと息ついた。

さっさと食事を再開したい。


「ほら。衣越しでなければ、普通の視界に戻るだろう?」


「……あっ。本当ですね」


沖常が美咲の顔にかかっていた布をさっと上げ、頭の後ろに流した。

美咲は瞬きをする。

天ぷらはただ美味しそうなだけだ。光っていない。


「そういえば、おきつねさんたちのことは輝いて見えませんでした……」


「ははは! 神力を制御しているんだ。上位神の常識さ。垂れ流しにしていたら、緑坊主のように歩いたそばから植物を芽生えさせたりしてしまうかもしれないなぁ」


「お狐様がそうなれば一瞬で都会が雅な自然に覆われかねませんのでお気をつけ下さいませ」


「もちろんさ」


沖常はふうっと鼻を鳴らした。

彼岸丸の息継ぎのないお小言を聞き流す。


「おかわりの天ぷらを食べよーぜ!」


「そうだな」


炎子に急かされて、沖常は桜飾りをつまみ取り、被衣かつぎを美咲の頭から取り去った。

ーーじっ、と一瞬美咲を凝視して、何かを考えた様子だ。


(神の世で出歩く時、人間くささを隠すこともできるな。うん、散歩に向いている)


にこっと沖常が笑顔になり、「号令をかけてくれ」と美咲に頼んだ。


「いただきます」


賑やかに、二度目の食事が始まった。

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