タケノコの天ぷら、みんなの食卓
美咲がボウルで薄力粉と片栗粉、水を混ぜる。
タケノコを刻んだ。
シンプルに油でさくっと揚げていく。
ぱちぱち、油が弾ける音が厨房に響いた。
「狐火ちゃん。少し火力を下げてもらってもいい?」
「はいよっ」
天ぷら鍋の下から狐火が顔を出す。
美咲が声をかけることで、火加減が調節される。
菜箸で天ぷらを持ち上げて、油切り網の上に並べていった。
油は玉になって、たらりと下に落ちていく。
タケノコとともに、ゴボウや椎茸、タラの芽も天ぷらにした。
彩りは地味だが、とても日本人の食欲をそそる見た目だ。
皿にバランスよくお狐が並べる。
味噌汁も完成した。
タケノコとキャベツ、揚げが入った合わせ味噌の味。
たくさんの種類の味噌が貯蔵されていたので、美咲は使い慣れたものを選んだのだ。
「色々と料理道具が揃っていますけれど、誰かがここで料理をなさっていたことがあるんですか……?」
「えーと。たまに、俺が。……何事も挑戦だからな」
沖常がついっと視線をそらしながら言う。
「まったく炊飯ができないわけではない。しかし、美味くないんだ……きっと炊飯は俺の手に合わないのだろう。
不味い食事をしていると、俺の感性が悪影響を受けるので、仕事にも障る。日本の自然の危機だな。
だから手っ取り早く取り寄せていたものを食べていた、というわけ」
「「「それなっ」」」
「さすがに茶は毎度淹れたてを取り寄せるわけにはいかないから、猛特訓したなぁ」
昔を懐かしむように、沖常が目を細めた。
美咲が知らない、何千年も前のことを振り返っているのだろう。
「……何年くらい修行したんですか?」
「…………それを聞くか。そうだなぁ、1000年ほど」
「それは私はきっと生涯かないませんねぇ」
沖常が頬をかいて困ったように答えると、美咲がふふっと笑った。
その笑顔がどこか寂しそうだった気がしたので、
「そのような茶が飲みたければ、俺が美咲に振舞うからよいのではないか?」
と言ってやると、美咲は目を丸くしてから、お日様のように微笑んだ。
沖常がホッとする。
自分では共有できない感覚に、美咲は無意識に不安を抱いたのかもしれない。話題に入り込めなくなることを。
(それなら、昔から現代に受け継がれているもので話題を共有すれば良いんだ)
沖常が考え、うんうんと頷いた。
薄力粉などは、美咲が料理を作ってくれることを期待して取り寄せておいた、と伝えると、嬉しそうにお礼を言われた。
心地よいな、と沖常が狐耳を揺らす。
「さあ、揃いましたよ」
店舗をいったん閉めて、店番をしていた炎子たちも迎えてから全員で手を合わせた。
「「「「いただきまーーす!」」」」
「お待ちを」
彼岸丸が現れた。
机に料理が揃い踏み、いざ食べようと手を合わせていた炎子たちがムッと邪魔者を眺める。
美咲はびくっと緊張したが、彼岸丸はともに卓についた。
「お待たせいたしました。さあ食べましょう」
「「「「一緒に料理を食べたかっただけかい」」」」
炎子たちがビシッとつっこむ。
美咲はずっこけそうになった。
「あ、あはは。前の料理を気に入ってもらえたなら光栄です……」
「私の口に合いました。それに神力も増し、大変体調が良いのです」
「なんですかそれ!? ……あああ、神様の供物ということですか……?」
「自分で気付けましたね」
彼岸丸がビシッと親指を立ててグッジョブサイン。美咲をハイテンション無表情で褒めた。
対応に困った美咲が沖常を見る。
「こうなったらテコでも帰らんぞ、こやつは」
「ご理解ありがとうございます。さあ食べましょう」
「それは、作った美咲が言うべきせりふだ」
美咲に注目が集まった。
美咲はたらりと冷や汗を流しながらも、先陣切って手をあわせる。せっかくの料理を冷ますのはもったいない。
「それでは皆様ご一緒に。いただきます」
「いただきます!」
みんなが食べ始めた。
味噌汁があたたかく口を湿らせる。
天ぷらはさくっと香ばしい。旬の食材の味が豊かに舌に広がる。ついでに作った玉ねぎベースの天つゆも、好評だ。
「「美味い〜!」」
「「揚げたての天ぷら、やっぱりいいなぁ!」」
「良かった。たくさんあるからおかわりしてね、炎子ちゃん」
美咲はにこにこと見守り、自分もゆっくりと天ぷらを口にする。
一生懸命食べる姿は、作った者への最大の賞賛だ。
「ではお言葉に甘えて」
「げほっ、彼岸丸さん。たくさん食べて下さってますね。お箸が進んでて、えっと、何よりです」
「食いしん坊か」
沖常が呆れたように言うが、沖常と彼岸丸はどちらも同じくらい食べている。
上品に箸を動かし、噛み心地と味を堪能している。
それなりの量を食べているが、早食いではない。
(二人とも仕草に品があるなぁ。それに食べ方がとても丁寧。口にものを入れながら話すことはないし……きちんと”美味しい”って示してくれる。嬉しい)
美咲がにこにことしている。
こんなに楽しい食卓なら、毎日だって大歓迎だ。美味しいご飯をもっと作りたくなる。
炎子たちは「大人は食べるのが早くてずるいぞ!」と言う。
「厨房にまだおかわりがあるよ」と美咲が言うと「そうだった」とふわんと幸せそうに笑った。
「短時間で随分とたくさん作れましたね」
彼岸丸が抜け目なく記録を取ろうとする。頭の中で。
「えっと、おきつねさんたちが手伝って下さいましたから」
「知っています」
「えっ」
「美咲さんは手際がとても良かったです。作業の指示も的確。普段から料理をしていて、どのように動けばよいかよく理解しているから迷いがありませんでしたね。お見事です」
「きょ、恐縮です」
美咲がぴしっと背筋を伸ばして言うと「そこは『ありがとうございます』と受け取って頂くと、お互いに気分がいいと思いますよ」と諭された。
「ありがとうございます」
「よい修正です」
「自画自賛か、彼岸丸よ」
奇妙な会話になったが、確かに全員気持ちがよく、楽しい雰囲気になった。
美咲の(知っていますって、なに?)という疑問はごまかされた。
「おかわりの天ぷらを持ってきますね」
そろそろ大皿が空になりそうなので、美咲が席を立つ。
揚げたてが一番美味しいので、もっと食べる気があるのならすぐに出そうと思ったのだ。
「ああ、配膳は美咲に頼もう。炎子や彼岸丸ではつまみ食いされてしまう可能性があるからな……ほら。しまった、という顔をしている。
俺は月神の被衣を持ってこよう」
「な、なんですかそれ?」
凄そうな名称に驚いた美咲が思わず聞くと、
「秘密だ」
沖常はいたずらっぽく、人差し指を口に当てて答えた。
炎子が「ふとっぱらー」と言って、膨らんだ自分のお腹をポンポコと叩いた。




