一週間ぶりのお仕事
学校が終わり、美咲は風のように【四季堂】に向かっていく。
真里やほのかが追いかけようとしたが、とても追いつけなかった。
だって、美咲の心は高揚しているのだ。
緑坊主も嬉しそうに、美咲とともにステップをふんだ。
*
「た、ただいまですっ」
「おかえりなさい」
美咲が【四季堂】に着くと、沖常と狐火たちが出迎えてくれる。
とても嬉しくて、にやけたような笑顔になってしまった。
「今日もお仕事、頑張ります!」
エプロンをつけて、気合いの一声!
「おお、元気があってよいな。うん、髪の艶も、顔色もよい。昨日は心地よく眠れたようだ」
「えへ……おかげさまで」
「こちらの店の事情で心配をかけたな」
「えーと。心配は、してました……でも、皆さんがどこまでも親切に迎えて下さったから。よりいっそう、こちらで頑張りたいなって思ったんです」
「ありがとう」
美咲と沖常は微笑み合い、胸がむずがゆくなるのを自覚した。
((なんて心地よい縁だろう))
沖常は、彼岸丸が「あなたの選択は間違っていなかった」と言ったことを思い出した。
ふっ、と苦笑する。
「今日は何をいたしましょう? おきつねさん」
「美咲の手料理が食べたい」
迷わずそう言われて、美咲はぱちくりと瞬きした。
沖常と、肩に乗った狐火たちがきらきらした目で美咲を見ていたので、とびきりの笑顔で頷いた。
*
店番に炎子を二人おいて、厨房には美咲と沖常、狐火2体が集まる。
「食材は用意してある。好きなものを使ってくれ」
「わあ! たくさんありがとうございます。今が旬のタケノコを使いたいと思います」
冷暗所に並べられた箱の中から、美咲はタケノコを取った。
皮が剥かれて、下茹でして、きちんと下処理されている。
昨日の夜に沖常たちが頑張ったのだろうか、と考えると面白く思った。
「透明な容器に入っていますけれど、これは……」
「タッパー、と言うのだったか?」
「やっぱり!」
「美咲が天ぷらを送ってくれたことがあっただろう。あの時に、軽くて丈夫でしっかり蓋が閉まって、なんと便利な容器なのだろうと思ったのだ。神仲間に頼んで入手してきてもらった」
「神様からのタッパー!?」
しかもパシリである。
「ははは。俺も神だから、俺が買い出しに行ったところで同じく”神様のタッパー”となるのだ。他の神のことを気にして、そう慌てなくてもいいさ」
沖常は軽く返す。
しかし高位の神である自分よりも他の神に注目されているので、あまり面白くなさそうだ。
唇の先が尖っているし、狐耳がピクピクしている。分かりやすい。
「おきつねさんなら安心できるんですけど、他の神様のこととなるとまだちょっと、怖くて……」
美咲が小声で本音を告げると、沖常の機嫌があっさりと戻った。
狐火と情報共有した店舗の炎子が、爆笑して椅子から転げ落ちていた。
「何を作ろうかな。メニューの希望はありますか?」
「前の天ぷらが美味かったから、タケノコの天ぷらがいいな」
「分かりました。えへへ、気に入ってもらえて嬉しいです。
タケノコがたくさんあるので、あとお味噌汁と、炊き込みごはん……もしたいけれど、さすがに時間がかかってしまいますよねぇ……。家電の炊飯器はないですもんね?」
「うちは釜だな。…………使っていないけど」
申し訳ない、と沖常が視線でちらりと釜を指す。
いつもは炊いたお米を取り寄せていたそうだ。
「その炊飯器というのは便利らしいな? 炊き込み機能、予約機能、菓子も作れるのだとか。また買いに行こう」
「おきつねさん、炊飯器について詳しいですねぇ」
「噂好きやら情報屋が、色々と現世のことを教えてくれるのさ」
風もな、というと、緑坊主の風が沖常の髪をひゅっと揺らしていった。
そのまま神の世に帰って行ったらしい。彼は反省奉仕中なのだ。
一緒に炊飯器を買いに行こう、という提案を美咲は快諾する。
「今日は天ぷらと汁物で夕食を済ませようと思う」
「えっ、そうなんですか? 主食、副菜、汁物って厳守かなって思っていました……。昔ながらの風習として、重視なさるのかなって」
「何を言う。昔の里の人々の暮らしに添えばこそ……その時にあるものを食べて生命力を維持する、身体の声に耳を傾けて、腹が減ったら満たしてやる、というのが常識だ。
食事が三食になったのもつい最近のことだからなぁ。
神々はそう厳格ではないのさ」
美咲は鳩が豆鉄砲をくらったように口をぽかんと開けた。
食事の時間、規律、マナー、細やかに定めたのは人々なのだ。
神様たちのように、柔らかにかまえて自分と向き合うことも大切な気がした。
美咲は、自分のお腹に手を当ててみる。
「……お腹が空いている気がします」
「ははは! それはいい。一緒に食事としよう」
美咲は少し考えた。
(帰宅してから夕食を作るけど、叔母さんと一緒に食事をするわけではないもんね。明日のおかずとかを作り置きしておいて、私が夜ごはんを食べていなくても分からないはず)
沖常たちとここで食事をしたほうが楽しいだろうな、と思った。
自分の気持ちに正直に、ここではそれが許される。
「はい、是非!」
「良かった!」
「やったー」狐火もくるくる舞って喜んでいる。炎がパチパチ弾けた。
「夕食の時間が少し早くなってしまいますが、いいでしょうか?」
「俺もちょうどお腹が空いたところなんだ」
沖常が自分のお腹に手を当てて、そう言って笑った。




