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鬼とのお茶会2



「実は、美咲さんが自分なりの店舗改善についてうまく提案できなくても、働く許可を出すつもりでいたのです。というか、そのための書類は全てお狐様に頂いていたので、鬼の一存で全てを無に返すことはできませんよ。

美咲さんはここにいるだけでもお狐様によい影響を与えるようですから」


目を丸くしている美咲の前で、彼岸丸が「ほら証拠です」と日記を掲げる。


「返せ!」


「おや、取り返されてしまいました……。ご心配なく。暗記しております」


沖常は壁に頭をぶつけたくなった。


この日記がどうして知られたのか……と犯人探しのためにぐるりと周囲を見渡すと、炎子たちがいっせいに目を逸らす。軒先の黒猫が「にゃふふ♪」と鳴いた。

どうやら、共犯たちに情報を聞いた彼岸丸が、先ほどこの座敷の棚を物色していたらしい。

この鬼、異常に行動力がある。


「では」


低めの通る声で彼岸丸が唄う。


ーー中庭に咲く桜の色を眺めるたびに、桜色のペンを持ってきた美咲のことが思い出される。

あの桜のように頬が染まり、はにかんだ様子は瑞々しく、可憐であった。少女の存在は日増しに自分の中で大きくなり、気がつけば来訪を心待ちにしている。

このように焦がれる感覚はいつぶりだろう。初めてかもしれない。

彼女とは波長があったのだ。そのような稀有な存在と、縁が結ばれたことが喜ばしく、会えない日々がよりつらく感じてしまう。会話の端々に新鮮さを感じ……思い返せば心が喜びで満たされている。

…………


朗々と語られた内容がさすがに恥ずかしすぎて、沖常は日記帳で顔を覆った。

美咲の顔も真っ赤だ。


「……私と会うのをあんなにも楽しみにしていてくれたんですか?」


「……もちろん……」


強調をしないでくれ、と羞恥に悶えながら、沖常が帳面の隙間から声を絞り出した。

美咲がひくっと喉を一度しゃくりあげる。

驚いて、沖常が顔を覗かせた。


「ーー本当に、本当に、嬉しいです! 私も、沖常さんたちと、ご縁を繋げられて……よかった……!」


声が涙まじりで、美咲の目は潤んでいる。


ーー両親が亡くなってから、美咲はずっと孤独だったのだ。


勉強で一番になって先生に褒められても、クラスメイトと仲良くなっても「別に自分じゃなくてもいい席。代わりの子はいる」と一線を引いて考えていた。

沖常が「美咲だからこそ」と考えてくれていたことを知り、美咲の中で、タガが外れたように熱い感情が溢れ出した。


これまで、誰にも相談できずに一人きりで堪えていたもの。

寂しい、という美咲の感情が、嬉し涙となる。

涙の純粋なきらめきに沖常はしばし見惚れた。


「……美咲との縁は唯一無二のものだ。代わりはいない。大切にしていきたいと思う」


彼岸丸が絶妙のタイミングで最後の一文を告げて、意味深に頷いてみせた。

相変わらずの無表情だが、腹立たしいくらい得意げに沖常には感じられた。

ワンテンポ遅れて「お前が言うんかい」と炎子が小声でツッコむ。


羞恥心なんて吹っ飛んでしまった沖常は、丁寧に美咲の手を取る。


「あやつに言われてしまったあとだが……あの通りなんだ。

美咲との会話は楽しく、いてくれたら空気が和やかになりとても心地がいい。だから、俺の隣で笑っていてくれないか」


「っはい。よろこんで!」


美咲の激情につられて、沖常はずいぶんと久しぶりに目頭が熱くなるのを自覚した。それこそ数千年ぶりかもしれない。

二人で鼻をすすって、潤んだ目を見合わせて、微笑んだ。

どうぞよろしく、と。


沖常の彩りの仕事は今後、さらに素晴らしいものになるだろう、と彼岸丸が満足した。

中庭の蕾がいっせいに花開いた。


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