お茶の淹れ方
今回は彼岸丸がお茶を淹れ……
「やめておけ。絶対にやめておけ」
「部下の務めですよ」
「分かった、上司の意向だ。俺は猛烈に茶を淹れたい気分だ。これをしなければ感性が滅びると本能が告げている。譲れ」
「そこまで仰るならば」
沖常は彼岸丸から急須など一式を取り上げると、台所に向かうため背を向ける。
(二人きりはつらいです!)と美咲が思っていると、
「一緒に来るか? この店での茶の淹れ方を教えよう」
「はいっ」
誘われた美咲ははっきりと返事をして、急いで沖常の後についていった。
狐火が4体、同行する。
台所につくと、美咲と沖常はほっと肩の力を抜いた。
「疲れたろう。すまないな。彼岸丸はとても優秀な鬼なのだが、変わり者なんだ」
「ああー……なんだか、すごく納得しています」
「そうだろう? なぜか俺の店への配属を強く求め、他の希望者を話術と物理で蹴散らして椅子を勝ち取ったらしいんだ」
「アグレッシブですね!? なぜか、って。
先ほど彼岸丸さんがおっしゃった通りだと思いますよ。【四季堂】の雑貨やおきつねさんのお仕事が素敵だから、惹かれたんですよ」
沖常が照れたように頬をかく。
「彼岸丸は事務仕事は素晴らしいのだが、風流さが壊滅している。茶など淹れたら台所が爆発するぞ」
「そ、それは任せられませんね!」
「だからこれから、美咲に頼みたい。覚えてくれるか?」
沖常と美咲の視線が交わった。
「今後もよろしく」ということだ。美咲の心がじんわりとあたたかくなる。
「はい……! おきつねさんと同じくらい美味しいお茶を淹れられるように、頑張ります」
「ははは! 俺のように淹れるまでには、長いことかかるだろうな。なにせ数千年ものの技術だ。なに、まったく同じようにとは言わないからそう肩に力を入れなくていいさ。
それなりに美味しくて、気持ちが込もっているのが一番いい。神々にとって、人が丁寧に作った料理は供物になるのだから」
「そ、そうでした」
彼岸丸に揚げ足をとられないようにな、と沖常がからかうような雰囲気で言った。
美咲が作った食事は神々に力を与える。
「この瓶に新茶が入っている。茶葉を急須の網に入れて。少し湯をかけて、蓋をする。蒸して茶葉が柔らかくなったら、湯を注ぐ。器にそそぐ時には、少量ずつ。淹れた順番を覚えておいて、折り返してまた淹れるんだ。そうすれば、茶の濃さが均一になる」
教えられた通りに美咲が淹れていく。透き通った緑色。
あたたかな湯気が鼻に触れると、ふわんといい香りに癒された。
緑坊主の生命茶はまた淹れ方が特殊なので、まずは一般的なお茶の淹れ方から学んでいきなさい、と沖常は言った。
「お土産を食べるのがとても楽しみだな」
「美味しくできたんですよ。これから、たくさん作りますね!」
美咲が気合いを入れて腕まくりしてみせると、沖常がふっと噴き出した。
夏まで肌は隠しておきなさい、と袖を下ろすように促す。
沖常が盆を持ち、和やかに座敷に戻る。




