【四季堂】の従業員規則
神の店の従業員として働く規則。
・慣れた作業以外はかならず店長の指示を仰ぐ
・商品を丁寧に扱う
・商品を無断で持ち出さない
・店舗の清掃も仕事に含める
・印象のよい笑顔をこころがける
・店に愛着を持つ
……など。
「これを守らなくてはいけないんですね」
定義と言われる割にはざっくりした内容だな、と美咲は思った。
このルールすら昔はなかったのだから、神の世としてはだいぶ几帳面になったのだろう。
思ったよりもマトモで常識的な内容だったので、美咲はホッと息を吐く。
「分かりました」
「そうですか。良かったです」
彼岸丸は書類が要約されて帳面になっているものを美咲に渡した。
美咲は(保管場所、どうしよう?)と思いながらもとりあえず受け取る。
山積みされた書類のほとんどは、店に保管されている神の世の素材詳細書だった。
「余裕があるときに目を通しておいて下さい」とゆるやかに告げられ、まとめて彼岸丸の隣に下げられる。
どうやらこれも美咲の覚悟を試すパフォーマンスだったようだ。
「それでは『従業員としてこの店舗にどのような恩恵を与えられるか』話してみて下さい」
「えっ」
まっすぐに見つめてくる彼岸丸の目は奈落のように深い色で、美咲は目を逸らすまいと肩に力を入れた。
「鬼のような存在と交流する機会もあることでしょう。きちんと目を見て接客をする練習をしてください。『印象のよい笑顔を心がける』……今のところ失格です」
(うっ!?)
美咲は気持ちを奮い立たせて、彼岸丸を真正面から見つめて、にっこり微笑んだ。
……まあいいでしょう、と妥協してもらった。
これから積極的に美咲と目を合わせてくるらしいので、忍耐と学習が必要となる……。
「じゅ、従業員として……。えっと、これまでおきつねさんのお仕事を手伝った内容は……」
「既に知っています。あなたにしかできない店への恩恵とは、なんですか? 言ってください」
美咲は唖然とした。言われたことだけやればいい気楽なバイト、とは考えてはいけないのだ。
しかし自分が決めた道である。さっきだって、彼岸丸の迫力になんとか負けなかった。
思考をフル回転させる。
「ーー【四季堂】はおきつねさんお手製の素敵な雑貨を揃えたお店です。趣味のお店だからお客さんが多くなくてもいい、とは聞いていますけど……もっとたくさんの人に見てもらいたいなって、私は思います。
丁寧に気持ちが込められた雑貨を手にした人は、きっと笑顔になる。私もたくさん救われましたから」
美咲が沖常に視線を送ると、狐耳を揺らしてはにかんでいる。
この提案に否定的ではなさそうだ。
彼岸丸が「なるほど」と呟いた。
「具体的には?」
「商品はとにかく素晴らしいので、店舗の飾り付けで、もっとお客さんがゆっくり見やすい工夫をしたいです。商品の紹介ポップを作ったり、特設コーナーを作ったり。持ち帰りできるチラシや名刺を作るのもいいですよね。
商品の代金を明記するのが商店では一般的ですけど……これはしなくてもいいかな……と。風流な対価の相談は【四季堂】ならではの長所だと思うので、交流の雰囲気は残ってほしいです。お客さんが黙って入ってきて、黙って帰っていくより、温かみがあってとても好きなので。これは、私の好みですけど。
お店に入ってきてもらうまでの工夫も考えたいです。看板や声かけ、口コミによる誘導などを……」
「よく考えられています」
彼岸丸がそう言ったので、美咲はホーーッと細く長く息を吐く。
緊張で心臓がバクバク鼓動している。
「美咲さんの考えを実現できれば、この店は発展していくでしょう」
「あ、ありがとうございます!」
「学生ゆえに手伝いとしての時間が限られる中で、どこまで実現できるかというところですが」
ズゥン……と美咲の肩の荷が重くなる。
テスト前の休息やら勉強場所などを相談したばかりである。
「ーーですので、私たち全員を頼って下さい。同僚として気兼ねなく。ともに努力いたしましょう」
「……えっ」
美咲がぱちくりと瞬きする。
予想外なことに、彼岸丸は協力的な姿勢である。
「美咲さんの業務スケジュールについて、お狐様が認めたと聞いています。その書類も頂きました。第一に勉学と体調管理に努めて下さい。その前提があり、可能な範囲で【四季堂】の手伝いをすること。返事は?」
「は、はいっ!」
「それでよろしい」
彼岸丸は相変わらず表情を変えなかったが、目元が少し柔らかくなった気がした。気のせいかも、程度のものだが。
彼岸丸が手元の帳面をパタンと閉じる。
ここに美咲の返事などが書き記された。
「私とて、お狐様の雑貨が人目に触れずにいるのは不服だったのです。もっと評価されるべき! その考えに、とても共感いたしました。共によい仕事に努めましょう」
彼岸丸がそう言うので、美咲は「はい!」と心からの返事をした。
「いつもそういう姿勢なら可愛げもあるのだが」
沖常がぽつりと口にして、むずがゆそうにはにかんだ。




