一週間ぶりの【四季堂】へ
(今日のお土産はそら豆入りのケークサレに、カラメルパウンドケーキ。どちらも系統が似てるけど……オーブンで一緒に焼いちゃった方が効率がよかったんだよねぇ。可愛くラッピングしたから、見た目の地味さは許してもらおう。
季節の植物は緑くんが誘導してくれたもの。この花々も、おきつねさんがなにか手を加えて綺麗に咲かせているのかなぁ?)
美咲は楽しく思考しながら、さらに足を速めた。
風が自然に歩みを助けてくれる。
ポニーテールの髪が軽快に揺れる。
気持ちの高揚に合わせて、ホップ、ステップ、ジャンプ!
尾行していたほのかがガチンと頭を電柱にぶつけた。
(ななななにあれ! まじだ……本物のファンタジープリンセスだ……めっちゃ恥ずかしいでしょ、あたしなら絶対にできないわ)
(ね、言ったとおりでしょ)
(それにしても助走なしであの大ジャンプ、高校生レベルの陸上なら県大会優勝くらい狙えるんだけど!? 美咲さんの身体は一体どうなってるの!? くうぅ、気になる!)
ドヤ顔をしていた真里の肩をほのかがガクガク揺さぶる。
(やめなさいよ!)と真里が頭突きで反撃した。
二人でがやがやしているので、ふと、美咲が振り向く。
速攻で黙って電柱の陰に直立になり隠れる。
美咲は首を傾げて、また進み始めた。
「待っててね、【四季堂】!」
つぶやきを聞いた真里とほのかが顔を見合わせる。
美咲が角を曲がっていったので、急いで追いかけた。
「「わっ!?」」
目の前に黒猫が飛び出してきた! 避けようとして、二人でもつれるようにすっ転ぶ。
「あいたたたた……あれ? 黒猫は? ……美咲さん見失っちゃったねぇ」
「膝を擦りむき損だわ! ……この血、絵の具に混ぜてやろうかしら」
「呪いの絵じゃん。やめてよこわい」
真里とほのかは一応、角を曲がってみたが、もう美咲の姿はない。
今日の尾行は諦めた。
「「【四季堂】かぁ」」
二人の中には美咲が嬉しそうに語った声の余韻が残った。
*
美咲は駆け込むように、【四季堂】の店舗前に訪れた。
深呼吸をすると、爽やかな新緑の匂いがする。
(季節の匂いが濃いところがとても好き)
微笑んで、置物の狐を眺める。
「おかえり」
「!」
扉が開いて、沖常が顔を出した。直接美咲に声をかける。
うるっと美咲の目が潤む。ぱあっと華やい笑みを浮かべた。
「ただいまです! おきつねさん」
(こんなに喜んでもらえるなら仕事を急いだ甲斐があったな)と沖常は嬉しく思った。
「おきつねさん……少し痩せましたか?」
「食事もほどほどに作業を急いでいたからなぁ」
沖常が頭をかく。狐耳がへにょんと伏せているのを、美咲はうずうずと眺めた。
たった一週間の間会えなかったのがさみしかったし、早くこの狐耳がピンと立ち喜んでいるところが見たいのだ。
沖常が穏やかに気持ちよく過ごし、優しく微笑んでくれることが、美咲の大切な日常になっていた。
「お土産です。そら豆のケークサレと、カラメルのパウンドケーキ。ケークサレは、お食事ケーキという感じでしょうか。カラメルの方は甘いですよ。ぜひ召し上がって下さい」
「いいのか!」
沖常の狐耳がピンと立ち、さらにご機嫌に揺れる。
狙い通り。
美咲はにこにこと14個のラッピング袋を渡した。
各7個の内訳は、炎子たちに4つ、沖常へ2つ、あと1つは来客があった場合の予備のつもりだ。
沖常の敏感な鼻が香りを嗅ぎ分けて、くんくんと動いた。
「さあ、中にお入り」
美咲がエスコートされて店内に足を入れると、
「「「「おかえり!」」」」
狐火たちが寄ってきて美咲の周りをくるくると飛び回る。
美咲は胸がじんわり温かくなるのを感じながら「ただいま」と弾む声で言った。
沖常が緑坊主に「お疲れさま」と声をかけて、風神のもとに帰す。
「今日は何をお手伝いしましょうか? おきつねさん」
狐火と戯れていた美咲が振り返った。
「そうだなぁ。……さっそくこのケーキを食べて息抜きをしたい」
美咲は「いいですよ、お茶を淹れましょうか」とにこにこ返事をした。
しかし沖常がげんなりとした顔をしていることに気づいて、不思議そうに見つめる。
沖常の視線は美咲の後ろに向けられていることに気づいた。
「まず仕事でしょう」
美咲の後ろから底冷えするような声がかけられる。
ゾッと背筋を凍らせた。
慰めるように炎子が手を繋いでくれる。
「あ、ありがとう炎子ちゃん。……あれ? 狐火は四人いるよね? えっ、炎子ちゃんは伍、陸、漆、捌……玖!? あ、あれれ!?」
合計9体の狐火および炎子。
大所帯に囲まれた美咲がぎょっとする。
「座敷に行って話をしようか」
沖常が名残惜しそうにケーキをラッピングバッグに戻して、腕にさげ、苦笑しながら美咲の手を取った。




