風の登校・真里の友達事情
美咲はさっと戻ってきた緑坊主の風に軽やかに足を運んでもらいながら、登校を共にした。
特別な風は花の香りをふわんと運んできてくれるし、木々を揺らして季節の植物がそこにあることを美咲に知らせた。
自分の目で勘付くよりもはるかに多くの情報を美咲に与えた。
とても楽しくて新鮮な時間であった。
自生していたケヤキの木の葉につむじ風が絡む。
二つの葉をぴょこんと折り曲げて、まるで狐耳が揺れているような様子を美咲に見せた。
ケヤキの葉には小さなコブがあり、それぞれの葉にひとつずつついている。
「つぶらな瞳の狐みたいだね。可愛らしい」
美咲は葉を真似してコンコン、と手で耳を作って遊んでみせる。
そしてハッとして手を下ろし、慌てて周囲を見渡した。
さいわいにも誰にも見られていなかった。美咲は緑坊主と遊んでいるつもりだったが、事情を知らない人が美咲を見たら完全に危ない女子高生である。
美咲は顔を赤くしながら、足早に立ち去った。
クスクス笑うように揺れるつむじ風に苦笑を向けた。
この後、数日間、このように緑坊主と登下校をして、たまに【四季堂】の連絡を受け取った。
『ご飯の差し入れが美味しかった』という言葉には顔を綻ばせて、『もうそろそろ仕事が終わる』らしいのでそわそわと待つ。
(一週間ってこんなに長かったんだ。自分がお客として【四季堂】に通っていた時には、なんとも思わなかったのになぁ……)
気持ちの変化に驚いていた。
*
美咲が去った後の教室で、真里が歯噛みしている。
「今日もあの絵の具について聞けなかった! ぐぬぬ……」
友達の席に椅子を運び、愚痴を垂れて、机に突っ伏した。
真里の数少ない友達の一人は、幼なじみでもある運動特待生の「ほのか」だ。
「だって真里の勢い、怖いもんー。そりゃ美咲さんも逃げるって」
「是が非でも画材のことを聞き出したいのよ!!」
「相手は画材じゃなくて人なんだから、まず仲良くなることから考えなきゃ」
「なんだと……仲良く……? 面倒くさい……」
「こらこら」
ほのかが「苦手なんでしょうに」と言いながら、りんごジュースの紙パックを真里の頭の上にトンと置く。
「相変わらずいい頭の形ー。あはは」
真里は紙パックをぶん取って、りんごジュースを一息で飲み干した。
ズズズッ、と最後の水滴を吸う大きな音が教室の片隅に響く。
「……仲良くなるって、どうしたらいいの」
「お? 真里にしては譲歩したじゃん。でももう無理だと思うよ。散々怖がらせた後だから好感度が底辺貫いてると思うしぃ」
「ちょっと!! 実用的な提案をしてよ!」
「私は別に困ってないから、一般論を言っただけだよー。それにしても美咲さんはすごいね。真里のこと、あの手この手で切り抜けて柔和に笑ってみせるんだから。天使みたいな対応だと思うよ?」
「ほのかが美咲さんに好感持ってどうするのよー!? 問題は私があの画材について知ることなのにいぃぃ」
「落ち着きなさいって。うるさいよ」
教室の注目を集めていることをさりげなくほのかが指摘する。
ジロリと真里が振り返ると、横目で見ていたクラスメイトたちはサッと目を逸らした。
そそくさと教室を後にする。
教室には真里とほのかだけになった。
「あーあ。またやらかした」
「……そのつもりだったから、いいの」
私にはほのかがいるし、と小さく言って友達の服の袖をすがるようにつまむ。
「友達作りが本当に下手くそになったよね。小さい頃は懐っこかったの、懐かしいよ。
そんな中、美咲さんにアタックを続けているところを見てるのってちょっと面白い。人と関わることにあんなに真剣になる真里って本当に珍しくて、あっはっはー!」
「ほのかの笑いのポイントめちゃくちゃ失礼だからね!?」
真里がほのかの頬をつねると、そばかすが浮いた肌が餅のように伸びる。
「おっと。失礼のおわびに。……女の子と仲良くなるってとっておきの方法を教えましょう」
「ど、どんなこと!?」
真里は慌てて手を離し、椅子にきちんと座り直す。
笑いを堪えたほのかは「んんっ」と咳払いした。
「まず、美咲さんが好きなものを知るの。そのことを話題に出したら相手の興味が引けるでしょ。話題はそういうことから始めること。
あと毎日の挨拶は絶対。ほがらかにね。
挨拶だけにして、最初からあんまり長く話そうとしないこと」
真里が引きつった笑顔を浮かべてみる……。
「ド下手……」
ほのかがかわいそうなものを見る目になった。
「分かってるわよ、バカほのか! 私には絵があるからいいの!」
真里はぷんすかしながら、大きな画材セットをお守りのように抱えて教室を出て行った。
ほのかは苦笑しながら、さっと体操着に着替える。
陸上部のルーキーである彼女は身長178センチ、大またでさっそうと机の間をすり抜けて、廊下に出た。
「……美咲さん。あの机の間を走っていく動き、すごく見事なんだよねぇ。体育の授業を見ているかぎり、運動センスはそれなりって感じなんだけど、光るものがある。勉強もできるし、いったい何者なんだろう?」
首を傾げながらも、気持ちを切り替えて校庭に向かう。
ほのかの心にも、美咲の存在感が刻まれている。
人影がなくなった教室に黒猫が現れて、先ほどまで二人が話していた机を眺めて、椅子に身体をこすりつけていった。
「にゃあぁ♪」




