サツキの絵と美術特待生の目
生徒たちが、描いた絵を提出する。
提出したら画材を片付けて、それぞれ近くの席の子と雑談し始めた。
美咲も席が近い生徒と「なにを描いたの?」「写生って苦手」「私は好きだよ」と穏やかに会話をする。
「どこにいたの?」と問いかけられて、苦笑しながら「静かに描きたくて校庭の端に」と正直に答えた。
「でも写生大会は美術選考の子たちが優勝に決まってるよねー」と話が締められる。
教壇で絵をチェックしていた先生が目を見張った。
その様子を見ていた美術特待生の生徒たちは、自分の作品かも、と期待しながら先生が持つキャンバスの裏地を熱く見つめている。
「このクラスで優秀作として発表するのは、こちらの二点です」
先生が満足そうに声を上げた。
「真里さんの『園芸花壇』、そして美咲さんの『サツキ』です」
ざわっ、と教室がざわめく。
美術特待生の子たちは、目を丸くして先生の手元のキャンバスを凝視した。
それから美咲に目を向ける。
(ひえっ!?)
美咲が冷や汗をかきながら縮こまる。
このことで注目されるなんて想定外だった。
「『サツキ』はとても繊細に季節の花が描かれていて、淡いのに美しい発色に惚れ惚れしました。
美咲さん、すごいわ」
先生の言葉の途中に(勉強特待生で成績も一番なのに絵も描けるなんて!)という感情がこもっているのがよく分かる。
クラスメイトの視線がますます美咲に突き刺さった。
美術特待生たちの目が鋭さを増す。
(視線が痛いいぃ! ご、ごめんなさい。褒めてもらったその色合いは、【四季堂】の絵の具のおかげなんです! 言えないけどー!)
美咲は引きつった愛想笑いを浮かべた。
「『園芸花壇』はさすがの一言です。園芸委員会が、模様になるようにデザインした花壇をきれいに画面に収めていて、どの花もはっきりとした色で存在感がある。実際の風景以上にこの絵は美しいと思いました」
いったん美咲から注目が外れたので、やっと胸をなでおろす。
褒められた少女は「ありがとうございます。今日は曇りだったのですが、快晴の日をイメージして光を多く取り入れました」と慣れた調子で言って、先生に笑いかけた。
作り物めいた笑みだ。
(あの子、美術特待生の中で一番なんだよね。絵でいろんな賞を総なめしてる、美術部のエースなんだって)
ストレートの黒髪を耳にかけてまっすぐ前を向く小柄な少女、真里。冷え性なのか、薄手のカーディガンを着用している。背筋をスッと伸ばしている。クールな横顔を美咲はぼうっと眺めた。
ふいに彼女が振り向き、バチッと美咲と目が合う。
燃えるような熱視線に射抜かれてしまい、美咲は震えた。
(関わらないほうがよさそう!!)
最近磨かれてきた危機管理本能がそう告げている。
「美咲さん」
「はいぃ!?」
遠くの席から、真里に澄んだ声で名前を呼ばれる。
「貴方の絵。その色、納得いかない」
「えええ……」
真里は顔を顰めて美咲を凝視している。
【四季堂】の商品をけなされたようにも感じて、美咲もムッとした。
真里の目はやはり燃えるような熱をひめている。
クラスがざわつきはじめた。
先生が慌てて仲裁する。
「ま、まあそんなこと言わないで。絵はそれぞれの個性が現れるわ。配色も塗り方も全員違って当たり前だもの。お互いを受け入れることが大切なのよ」
とっておきの美術特待生である真里への注意は甘めだ。
クラスメイトは「真里さんって物言いがキツイよね」「こわい」とひそひそ話している。
真里はぷいっと顔を逸らした。
(な、なんだかドッと疲れた。うう、気まずい空気……)
美咲は机の横にかけたカバンの紐に触れて、もらったばかりのキーホルダーを手探りする。
木作りの猫を握りこむと、ほうっと息を吐いた。
まるで心の安定剤だ。
件の絵の具は机に深くしまい込む。
(あれが真里さんに見つかったら、またトラブルになりそうな気がするもん……)
さいわいにも、休み時間になったら、真里は次の授業のため美術室に向かった。美咲の方を気にしてはいたが。
美咲の授業は英語。このクラスでの授業だ。
「美咲さん、あの子にいじめられないように気をつけてね」
席が近い子たちがそう言ったので、美咲は苦笑した。




