写生大会と花火の絵の具
美咲は写生の場所を探す。
「静かに描ける場所がいいな。園芸花壇を描きたいけど、人が多そう……」
悩みながら、ウロウロする。
すると校庭の端っこの木の陰に、ひっそりと花が咲いていることに気付いた。
「あっ。えーと、サツキの花だ。これも綺麗だよね。……サツキを描こうかな?」
サツキは常緑低木の植物で、ツツジとよく似ているが、花が小さめで順番にゆっくりと開花していくため、目立ちにくい。
美咲の前にあるものは、まだ3輪ほどしか開花していなかった。
「でもたくさん蕾があるから、きっとこれから咲いていくんだね。うん、鮮やかできれい。五月の花姫がお世話しているのかも?
花が小さいけど、画面いっぱいに描いたら目立つかな」
どうしたらこのサツキを”魅せ”られるだろう、と美咲は考えながらスケッチしていく。
周辺に人の気配はなく、のどかな風が頬を撫でていく。
心地よさそうに目を細めた。
「できた。あとは色つけ」
美咲はパレットに絵の具を絞り出していく。
白いパレットが、まるで夏の夜空のように鮮やかに彩られた。
「わ……! 花火の色そのものみたい。チューブから絵の具を出しただけだけど、色の芸術という感じ」
たまやー、なんてこっそり呟いて、ツボに入って1人でくすくす笑った。
ちょっぴりあやしい光景なので、誰にも見られていなくてよかったかもしれない……。
「ピンクのサツキを塗るために赤と白を出したけど。うーん……自然風景に対して使うには、絵の具の色が濃すぎるかも」
悩みながら色をどんどんと水で薄めていく。
美咲は絵が下手でも上手でもない、普通の画力。
キャンバスに少しずつ色をのせて、失敗しないように水彩画を描いていく。
「うん、発色がいいよね。せっかくの極彩色の絵の具なのに、生かせてない気がするけど……」
この絵の具をもらう時には、そこまで考えてなかったな、と反省する。
【四季堂】の素敵な商品を見せてもらって舞い上がっていたのだ。
絵が完成した。
「あとは先生に提出するだけだね」
絵の具を片付けて、美咲が立ち上がる。
「にゃあぁ」とどこからか猫の鳴き声が聞こえたので、振り返った。
目を半月に歪める黒猫が見えた気がして、どきっとする。
びゅうっ! と風が強く吹いて、美咲はあわててキャンバスを手で押さえた。
「よ。美咲」
「!」
美咲がバッと顔を上げると、なんと炎子がいる。
「美咲に連絡があってきたんだ。風神便でなー」
炎子のとなりには、つむじ風が渦巻いていた。美咲がぱちりと瞬きしたほんの一瞬だけ、緑坊主の姿が見える。
にしし、と苦笑していた気がした。
「今は緑坊主は叱られ中だから、店の外では話せないぞ。風神の申し付けで、おれのお手伝いというわけ」
「……炎子ちゃんたちを送り届けるのが、緑くんのお仕事?」
炎子が「ん!」と頷く。つむじ風も揺れた。
はしゃいでいるようで、まるで反省していないように見えるのだが。
「美咲は頭がいいな。さすがだ。ところで連絡事項だが」
炎子が真剣な顔になる。
褒められたことについて「ありがとう」と言おうとしていた美咲がいったん口をつぐむ。
「ーーしばらく【四季堂】に来ないように」
「えっ!?」
わざわざ風神便で来て連絡する内容はこれだけみたいなので、美咲が呆然とする。
「…………もしかして、バイト、クビ……!?」
「そんなわけあるかい」
炎子がビシッと美咲の膝に手をあてる。
「そうならないように沖常様は頑張っているんだぞ?」
「え?」
炎子は(しまった)と口を塞ぐ仕草をした。
美咲はホーーッと長く息を吐く。
「……クビではなくて良かったぁ。訪問しちゃいけない理由を聞いてもいい?」
「だめ」
「えっ。わ、分かった。そうなんだね……明日は訪問しても大丈夫?」
「だめ。また、おれたちが連絡に来るから待ってて」
仕方なく頷きながらも、美咲の胸がきゅーーっと締め付けられる。
(寂しい。今日はすごくついてないなぁ)
黒猫に横切られたことをなんとなくチラリと思い出した。
じわっと目の奥が熱くなる。
「じゃ! ……と思ったけど……」
美咲があまりにしょんぼりしているので、炎子が手を握ってくれる。何かを渡された。小さな包装紙に包まれたコンペイトウだ。
「あげるから、元気出しな」
それから目を細めてキョロキョロして、もう一つ美咲に何かを渡す。
木彫り細工の猫キーホルダー。
「今日はどうして狐のキーホルダー、つけてないんだ? あれ、けっこういいものだぞ。美咲は肌身離さず持っていた方がいい。代わりにこれ、貸してやる。持っていろ」
「ありがとう。ごめんね……」
美咲がお礼を言ってからうな垂れたので、「頭を下げすぎると幸運が逃げるんだぞ」と炎子がデコピンした。
精一杯背伸びしていたので、美咲がしゃがんであげた。
バランスを崩した炎子が倒れこんできたので、美咲が抱きとめて、今度は美咲から手を取り「ありがとう」と心から伝えた。
「ん! またなー」
緑坊主の風をまとって、炎子がかき消えるように去っていく。
「少し元気が出たかもしれない……。ありがとう、神様たち」
美咲は炎子たちがいた方に笑いかけて、サツキの花を撫でると、校舎の方に歩いて行った。
木陰で、黒猫がごろごろと転がっている。
人間くさい仕草で鼻を押さえて、堪えきれなかったように「にゃぁ、にゃん!」と鳴いていた。