黒猫の足音ひたひた
翌朝。美咲はご飯を作って、静かに玄関を出る。
今朝のご飯とお昼のお弁当は、叔母の好きなメニューにした。
「あざとい真似をして!」と、昨日のことを思い返させて叱責されてしまうかもしれない……と悩んだが、なんてことないメニューなら「反省の色がない、気が利かない」と結局叱られるのだろうから。
(たまたまこのメニューが都合よかったんです、って返事しようか? でも言いわけって言われる? どれも叔母さんを刺激しそうで……はぁ……)
切ない気持ちで歩いていく。
昨日は特別なつげ櫛で髪をとかすこともできなかった……もし見つかると取り上げられてしまうかもしれないので、今後は部屋でこっそり使おうと決めた。
部屋用の手鏡を買うか、バイト報酬としてもらえたらいいな、と考えながら歩く。
カバンの紐の部分を無意識に触ったが、狐のキーホルダーも置いてきたことを思い出した。
とぼとぼと歩いた。
考え事をしていると、目の前に黒猫が現れる。
「わ!?」
美咲の方を一瞥して、スッと通りすぎていく。
「……不吉ぅ……」
眉尻を下げた。
通り過ぎたはずの黒猫は、木の陰に隠れてじいっと美咲を眺めている。
後ろを向いて、美咲の家を確認した。
濁った空気を察する。
「にゃあぁ」と鳴いて、こっそりと美咲の後ろをついていく。
***
学校についた美咲は、クラスメイトに挨拶をして、教科書を引き出しにしまう。
カバンの奥に、鮮やかな箱が入っていると気付いた。昨日、もらった時のまま入れっぱなしだったのだ。
そっと箱の表面を撫でる。
(夏の花火みたいな極彩色の絵の具。【四季堂】の商品がそばにあると、癒されるなぁ)
ホッと小さく微笑んだ。
急いで、細いマーカーで名前を書いていく。
大切に引き出しにしまい込んだ。
勉強成績が一番の美咲はどうしても注目されてしまうので、なんでもないように取り繕う。
美術特待で入学したクラスメイトの眼差しを背中に感じたので、ヒヤッとした。
しかし、声をかけられる前にチャイムが鳴る。
「今日は写生大会です」
校内のどこかの場所で風景をスケッチする美術の課外授業。
クラスメイトはそれぞれの絵の具セットを持って教室を出ていく。
美咲は早々と教室を出て行ったので、たくさんの画材を準備していた美術特待生は引き止めることができなかった。
美咲は校庭に向かったようだ。
窓の外には、黒猫の目が光っていた。
「にゃあぁ♪」




