四季堂を訪れる
美咲は足早に帰路を歩く。
いつもはゆったりと寄り道先を探すところだが、今日はもう行き先が決まっているのだ。
途中、満開の桜の木の下を通る。
「……わぁ。ここの桜の花びら、こんなに綺麗な色だったっけ? ううん、去年はくすんだ白だったはず。毎年見てたもん。古木だから元気が無いのかなって思っていたけど……?」
思わず足を止めて花を眺める。
とても素敵な変化だと思った。
それならいいことだよね、とにこっと微笑む。
「そうだ。落ちてる花を拾っていこう」
繊細な桜の花を、そおっとメガネケースにしまった。
取り出したメガネは、壊れたら困るので顔にかける。
パソコン学習する時にだけ使うブルーライトカットのメガネは、レンズが色付いていて景色がくすんで見えるので、街を散策する時にはかけたくなかったが、仕方ない。
メガネをずらしてもう一度桜の木を見上げてから、美咲は歩き出した。
前を向いて、口元は期待にほころんでいる。
*
雑貨店【四季堂】を美咲が訪れる。
「お入りなさい、いらっしゃいませ」
招き狐の置物が告げて、美咲は扉を開…………
「やっときたか!」
「……わぁ。こんにちは。おきつねさん。お久しぶりです」
沖常が現れた。
美咲が扉に手をかけるよりも早く、すっ飛んできたようだ。
彼はわざわざ動かなくても扉を開くことができるのに。
あまりに嬉しそうに迎えた沖常に気押されながら、美咲はおずおずと店内に入った。
「あっ。商品がいろいろ増えていますね」
雑貨を見てころりと関心を持って行かれて、声を弾ませる。
「季節が変わったからな」
「……? まだ前回来た時から一週間ですよ。季節は春のままです」
沖常が「いやいやいや」と頭を振る。
「季節は4種類だけだと思っているのか? 一週間も、だ。少しずつ変化する気候や景色を愛おしく思わないか?」
「……! そうですねぇ」
美咲は感心しながら頷いた。
「お店の名前は【四季堂】ですけれど」
「……分かりやすいから」
からかうように美咲が言うと、店主がしょんぼりして、狐耳も伏せてしまう。
まじまじと美咲が頭を見ているので、沖常は落ち着かなさそうに居住まいを直した。
「君には、この狐耳が見えているな?」
「はい? もちろん。お店の佇まいとよく合った素敵な装いだと思いますよ。おきつねさんの着物も、和風な雑貨が多い店内に馴染んでいますね」
美咲はさらりと肯定した。
少し緊張しながら問いかけた沖常は面喰らう。
「……君はよく”素敵”という言葉を使う。とてもいいな」
「ありがとうございます」
機嫌をよくしながらも、沖常は続ける言葉を慎重に探す。
美咲が何者なのか、見極めたいと思ったのだ。
こほんと気持ちを落ち着ける咳払い。
「……狐耳をこんなにあっさり受け入れられたのは初めてだ」
「コスプレですよね」
「なんだそれは?」
「えっと、物語の人物を真似して装うこと、でしょうか。狐耳、まるで本物みたいですごいです。手作りですか?
あっ、また動いた。機械が仕込まれているんでしょうか?」
美咲は狐耳を本物とは思っていないらしい、とようやく沖常たちが気づく。
ぽかんと口が開いてしまった。
(どうしたものか)
思わぬ対応に戸惑いながらも、いったん美咲の認識を修正しないことにした。
もしも神の一角であることがばれたら、仲間がうるさい。
(ほんの200年ほどの間に、日本の常識はずいぶんと変わったようだ)
ふうっと息を吐いた。