美咲の家庭環境
美咲はいつも通りの時間に帰宅。
叔母はまだ寝ている時間だ。
仕事を辞めた彼女は、日がな一日ダラダラと家で過ごしている。
「ただいま帰りました……」
美咲は囁くように独り言を言って、玄関を上がった。
すると、なんと叔母が起きている。
ぎょっと硬直した。
「すみません。うるさかったですか?」
「別に」
睨みながら言われると、美咲は怖気づいてしまう。
(ずっとこっちを睨んでるけど……うう。要件はなんだろう?)
怖がりつつも、美咲はまっすぐに叔母を見返した。
美咲はいつもおどおどとしていたので、この反応は予想外だったらしく、叔母は少したじろぐ。
しかし、フン! と荒く鼻息を吐き出した。
「学校から連絡があったけど! よその子どもがお腹を空かせてて、自分のお弁当を分けてあげたんだって?」
ぎくり、と美咲が背筋を凍らせる。
(どうして今更その情報が!?)
「余計なことするのやめなさいよ! 変に目立つ姿、すごく嫌だわ!」
「ご、ごめんなさい! ……そうですよね、衛生面での心配とかもあったかもしれませんし……」
「ああもう。グダグダ言い訳とかいいから!」
叔母は追い詰めるように言葉を重ねる。
「あんたがワガママ言うから、わざわざ少し遠い私立の女子校に行かせてあげてるのに。大人しくしていなさいよ。私が注目を嫌うの知ってるよね? 嫌がらせなわけ!?」
ヒステリーに言い放つ。
美咲は謝ることしかできない。
そうしなければいっそう叔母の機嫌が悪くなる。
まだ保護者が必要な年齢なのだ。
この叔母が例えば『美咲は実は素行が悪く家庭生活に問題がある』などと嘘をつけば……問題児として奨学生が取り消しとなるかもしれない。
そうなったら女子校にも通えなくなる。
美咲のわずかな自由は完全になくなる。
この叔母は美咲の両親が亡くなると、保護者として名乗りを上げた。
姉夫婦の家をすぐに取り壊し、少し遠くの街に新築を建てた。
美咲が帰る場所は無くなってしまった……。
美咲への遺産を「子どものために環境を整えてあげてるの」とどんどん食いつぶしている。
接客業をしていた叔母は、対外的に取り繕うのが上手だ。
知り合いがいないこの地域で、美咲の擁護をしてくれる人はいない……。
(あ。一人心当たりはあるけど……人じゃなくて神様だからなぁ)
いつもなら苦笑するところだが、叱られているのでぐっと堪える。
せっかく沖常たちが「美咲には価値がある、自分を大切に」と言ってくれたのに、叔母に頭を下げっぱなしなので申し訳なくなる。
(……せめて高校卒業時に、独立できるように……今は、学校や地域での信頼を積み重ねなくちゃ)
現実的に将来のことを考えて、理不尽な叱責をなんとかやりすごす。
(気付かれないようにしないとね……【四季堂】のこと。とても大切なんだもん、ぜ、絶対にこの環境を壊されたくない!)
お説教が終わると、美咲はカバンにつけたキーホルダーをそっと握り込んで、鈴の音が鳴らないようにして二階に上がった。
精神的にくたくただ。
今日はもうご飯も作らなくていい! と言われたのでそのまま立ち去ってきた。キッチンには今日は行かない。叔母のこういう主張はそのまま受け取った方が機嫌が悪くならない。当社比だが。
パタンと扉を閉めた。
年頃の女の子にしては殺風景すぎる美咲の部屋。
かろうじて自室が確保されているのは、叔母自身ができるだけ美咲と会いたくないと考えたからだ。
姉の娘、はいわゆるキャッシュカードとして扱われている。
美咲はカバンからキーホルダーを外してしまった。
名残惜しそうに狐のマスコットをひと撫でして、机の引き出しに隠す。
(大切だからこそ、しまっておくの。ごめんね……)
大好きな【四季堂】の雑貨が並んでいるのを眺めたので、少しだけ癒された。
美咲にとっての宝箱に、そっと鍵をかける。
「さあ。勉強勉強っと!」
自分の頬をぱん! と叩いて、気持ちを切り替えて教科書を開いた。




