琥珀飴と厄介な訪問者
美咲が帰った【四季堂】の店内。
もう日も暮れた。
「美咲はよく働いてくれるな。業務にも馴染むのが早かったし、神々への対応が丁寧だし。うむ、雇ってよかった」
「本当にそうだなぁ」
「「「同意」」」
沖常たちは奥の座敷に座布団を並べて、春の庭を眺めながらお茶をすする。
ふう、とあたたかな息を吐いた。
「琥珀飴を頂こうか」
「わぁい!」
美咲が少し前に沖常に渡したお礼菓子だ。
見た目が綺麗で気に入っていたので、しばらく食べずに取っていた。
それぞれ一つづつ口に入れて、舌で転がす。
すっきりとした甘みに舌鼓を打った。
「これ、美味いなぁ!」
「そうだな。とてもいい。……いいことを思いついた。梅舞いの舞台があるだろう? その直前にこの琥珀飴を食べていこう。梅の身がより甘くなるかもしれないぞ」
沖常の言葉を聞いた炎子たちは、けらけらとお腹を抱えて笑う。
「なんだそれー」
「根拠は?」
「なんとなく」
「そうだろうなぁと思った」
「神のなんとなく、は直感のようなものだ。きっといい影響があるさ」
「お! なるほどなぁ」
炎子たちは姿勢を正して、納得したように頷いた。
「だから最後の一つは俺が食べるということで」
「あっ!? 沖常様、ずるい!」
「最後の一つって一番美味しいところじゃないかー!」
「そう。だからこそ神の舞いに影響が出るかもしれないだろう?」
「屁理屈ぅ」
炎子たちがぶーぶー言って、頬を膨らませる。
「じゃあ最後の一つまではおれたちが食べる〜!」
二つめの琥珀飴を口に入れて、炎子たちがもしょもしょ咀嚼した。
「慌てずに味わって食べなさい」
沖常が軽くコツンコツンと頭を叩いていった。
落ち着いているので、二つめの飴はもともと炎子たちに譲るつもりだったのだろう。
そうでなければ大人げなく飴争奪戦に参加していたはずだ。
(梅舞いの間までにつまみ食いをされてしまわないように、賄賂も兼ねて)
そんなことを思いながら、最後の一つ、残った飴を大切に瓶にしまった。
せっかくなので「白銀狐」と名前を書いておく。
かなり本気の所業だ。
炎子たちは口の中の甘みを堪能して、顔をほころばせている。
沖常も舌の余韻を味わった。
眺めている先、中庭には緑坊主の新芽と花姫の牡丹が鮮やかに存在している。
「それにしても。美咲があんなに注目されるとは……」
沖常が少し心配そうにぼやく。
「だって沖常様のお気に入りだぜ」
「そりゃ話題にもなる」
「気づかれたのがあまりに早くないか……? 緑坊主は風神に口止めされているはずだし。例年になく神々の訪問が多いのは、妙だ」
沖常が、むむむ、と唸って腕組みした。
炎子たちは目を閉じて、自分たちの中に問いかけた。
額の「壱〜肆」の字がぼうっと光る。
「ーー自然風景に明確に影響が現れてるから」
「ーーあのピンクの桜をきっかけに、沖常様の仕事がさらに技を増したって、神の世で噂になった」
「ーー気になった神々がいても不思議じゃない、ということ」
「…………」
沖常は頭をかいて、改めて中庭を眺めた。
うむ、美しいな、と一人で頷く。
「俺の仕事が褒められるのはいい気分だ。しかし、やはり美咲の身の上が心配だなぁ……厄介な神に絡まれる前に、頼りになる味方を増やしてやりたい」
思考しながら呟いた。
集中していた沖常の肩を、つんつん、と炎子がつつく。
妙な気配を感じて、ぶわっと狐耳の毛が逆立った。
「………………………………んん!?」
沖常が振り返るタイミングで、炎子たちが合掌した。
「「「「くわばら、くわばら」」」」
(縁起が悪い!)
そう口に出して炎子と戯れることも憚られるほどの、怒気。
お狐の背後に立っていたのは…………血のような赤い衣をきっちりと着て、闇のような黒髪を結い上げた男。
蒼白な顔は険しく、頭には2本のツノが生えている。
「お狐様。つい最近、人の娘をこの店の手伝い係として雇ったそうですね? 私は伺っていませんでしたが」
沖常が額を押さえた。
鬼の背後からは、「伍〜玖」の炎子たちが現れる。
「「「「「よ!」」」」」
再会をきゃっきゃと喜んでいるのは、幼児ばかりであった。




