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柏餅と花姫のご縁



「菓子といえば……そうや、これ。柏餅を持ってきたんよ」


梅姫が包みを差し出す。

なかなかの大きさ。


「「「「‪食べる〜!」」」」


カウンターの裏にひっこんでいた狐火たちが飛び出してきた。

花姫たちの周りをくるくる飛ぶ。


「じゃあ、みんなで頂こうか。奥の座敷に案内しよう。緑坊主が置いていった緑茶もあるし」


「あら。貴重品を出してくれるん?」


「あの緑茶は新鮮なうちが一番美味い。それならば美味しいうちに、親しい者と楽しんでしまおう」


「旬は大切だものねぇ」


沖常と花姫たちはのほほんと話す。


「あの……おきつねさん。店番はいいんですか?」


「おお、そうだな。店はしばし閉めておこう。なに、趣味の店だからこれくらい気楽でいい。お得意様を接客中なのだし」


沖常はそう言うと、店の玄関を現世から隔離してしまった。


「美咲が帰るまであと20分だ。その間、のんびりとしよう」


「なんや、せっかちやねぇ美咲さん」


「……おきつねさん、私、夕飯のしたくをしていません……!」


美咲の唐突な主張に、花姫たちがこてんと首を傾げている。


「毎日の強制ではないさ。昨日のいなり寿司がやはり絶品だった。また作ってくれ」


会話を聞いた花姫が「きゃー! 通い妻!?」と甲高い歓声を上げたので、沖常は失言を悟ったが、もう言ってしまったあとなのでしょうがない、と放っておいた。説明はあとだ。きちんと納得してもらえるか分からないが。


「花姫たちは美咲と話してみたくて俺の誘いに乗ったようだから、美咲がいなければ意味がない。今日はのんびりしていきなさい」


「ええ、えええ……」


申し訳なさと、とてものんびりできそうにない……という気持ちが、美咲の口から溢れた。

困り顔で花姫を眺める。


「ふふ。そうなんよ美咲さん。うちら、いつもならとんぼ返りなんよ?」


「月初めには、その月に咲く花たちのお世話がたくさんでてんてこ舞いなのよねぇ」


花姫たちはその場で「あーれー」とくるくる回ってみせた。

面白がった狐火たちも同じ仕草をする。


「桜姫がくれた花膳について、美咲と感想を話し合いたいと思っていたのだ。美咲の弁当に入れたちらし寿司は、4月の桜姫の贈り物だったんだぞ」


「あれ、そうだったんですか!? どうりでとてつもなく美味しいと…………神様の食べ物!?」


「ははは」


「「ふふふ!」」


「しかも今になって暴露……!」


「うっかりいうのを忘れていたのだ」


美咲ががっくりうな垂れた。


「どうだ花姫たちよ。美咲の反応は新鮮で面白いだろう。桜姫にも花膳の反応を伝えてくれるか」


「ええ。愉快で楽しいわねぇ」


「こんなに喜んでもらってたなら、桜姫も張り切ったかいがあるわ。実は、今年の春は実りがイマイチやったけど、お狐様への上納品に妥協はできないからってあちこちを駆け回っていい食材を集めていたんよ」


「うわぁ、そんなにこだわったものを私が頂いてしまって……!」


美咲がぐっとこらえる。

(謝るところではない。でもでもでも、なにか、なにか……! お礼とか……!?)

頭の中にあのちらし寿司を思い出す。見た目も、味もできるだけ鮮明に。今になっても美咲の口の中に唾がにじむほど、美味しかった。


「花膳の感想文を書きますから。丁寧に、丁寧に、丁寧に!」


美咲が出した結論はこう。

沖常と花姫たちが目を丸くしてから、笑い出す。


「それとっても素敵よぉ、美咲さん! そんなにしてもらえるなら、わたくしも月の終わりの花膳、とびきり頑張って作るからねぇ。数千年ものの腕がなるわぁ。桜姫へのお手紙はまたお狐様に渡してちょうだいね」


「は、はいっ」


なんと再び花膳をおすそ分けしてもらえるらしい。

恐縮に思いながらも、美咲はとびきりの笑顔で頷いた。


(私、けっこう食いしんぼうだったみたい)


花姫たちが「あらまぁ可愛らしいこと。ねぇ」と頬を染めて、沖常をドスッとつついた。

沖常は受け流した。


奥の座敷に行き、みんなで柏餅を食べる。

障子が開けられて、5月の美しい中庭を眺めながらのおやつは格別だ。

先日つくった苔玉が置かれて、牡丹の植木鉢もさっそく飾られている。

和やかに会話が弾んだ。


「ごちそうさま。ああ、楽しかったわぁ」


「こんなにはしゃいだんは久しぶりや」


花姫たちはずっとご機嫌で、廊下を鞠が弾むように軽やかに歩いていく。

店内に戻ると、美咲のエプロンに触れる。


「新緑の色のエプロン。似合っているけど……ちょっと地味やねぇ」


「お狐様は乙女心が分かってないわぁ。少女を飾るなら花柄が一番なのよ?」


エプロンの模様として、白梅と牡丹の花が咲き誇っていく。

美咲はぎょっとその光景に見入った。


「「ほらねぇ。可愛らしい」」


花姫たちは誇らしげに言う。

沖常が感心したようにエプロンを凝視する。


「これから毎月エプロンを作るつもりでいたが、季節の花柄を花姫にお願いしようか」


「ええよ。花姫たちに伝えておくわね」


すすす、と花姫たちが沖常に寄り添う。


「「美咲さん、お胸が大きいわね。お狐様のすけべ♡」」


「!?」


ごく小さな呟きは、耳がいい狐たちだけが聞いた。

美咲は目を輝かせて夢中でエプロンを眺めていて気づいていない。

一瞬ぴしりと固まった沖常が、スッ……と美咲から視線をそらす。


「「いくじなし」」


「やかましい」


「さあ、もう行くわねぇ。また月末に来るわぁ」


「梅舞いの舞台、よろしゅうね! お狐様」


心底楽しそうに手を振って、言いたい放題言った花姫たちは帰っていった。


狐火たちがにやにやと沖常を眺めていたので、沖常はしっしっと手を払う。


「どうしたんですか? おきつねさん」


「なんでもないさ……」


膨らんだ胸元につい目が引き寄せられそうになり、沖常は自制する。

十数年しか生きていないうら若い少女に対して失礼なことをしたくはないのだ。


「今日の報酬は何がいい?」


そそくさと店内商品を勧められた美咲は、少し不思議に思いながらも、目を輝かせて商品を選ぶ。

「改装を頑張ってくれたから遠慮はするな」と沖常が甘やかした。


美咲が選んだのは「夏の花火みたいな極彩色の絵の具」。

美術の授業で使ってみたい、と語った。


予定時間通りに、美咲が帰っていった。


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