2月と5月の花姫、来店★
「あっ。入店時に新内装を正面から見ることができるのは、人がお客としてやってきた時だけですよね? 神様は裏戸からいらっしゃるから」
美咲がハッとしたように言う。
5月用の商品展示は玄関に向けられている。
(せっかく飾ったけど……私以外の人間のお客様が来ているところは見たことがないし……この展示でいいのかな?)
悩み始めた。
「ふむ。それもそうか。よし、せっかくだから数日間、神の通り道もこの表玄関としよう。せっかくの展示を見てもらいたいからな」
沖常があっさりと言う。
「そんなことができるんですか!」
「「「「沖常様、これでもすごーい神様だからな」」」」
炎子たちが声を揃えるので、美咲は沖常を拝んだ。
面白かったようで、沖常がお腹を押さえて笑う。
「ほんの一瞬で成し遂げられるさ」
手で印を組んだ。
「”繋げや繋げ、裏戸と表。神の通り道は現世にもあり”」
沖常の髪がふわっと光り、表の玄関扉の上に小さな赤い鳥居が出現した。
「これでよし」
「すごいですねぇ……! すみません、すごさの次元が違いすぎてこんな感想しか言えなくて」
「褒められていることが分かるから、いいさ。気分がいい」
沖常が言うと、さっそく玄関扉が開いた。
美咲たちがハッと玄関を眺める。
(こちらからお客様が来るのは初めてだ……!)
「「いらっしゃいませ」」
偶然にも声が揃ったので、二人でぱちくりと目を合わせた。
炎子たちは狐火に戻り、店のカウンターの後ろに隠れる。
くすくすと笑い声の名残。
玄関をくぐってきたのは、まだ幼い女の子が二人。
七五三の晴れ着のような、華やかな着物を纏って、髪には花飾りが揺れている。
それぞれ白と赤色の髪の色、この時期には珍しいので美咲はまじまじと眺めてしまった。
「「あら……?」」
不思議そうにきょろきょろして、
「なんて爽やかな飾り付け。風流でええね」
と白い髪に梅の花飾りの女の子がうっとりと言う。
「新緑かぁ。この季節に合ってるわぁ」
赤の髪に牡丹の花飾りの女の子は「でも牡丹のお花もあってもいいんじゃない……? 是非飾ってねぇ」と、小さな手で抱えた植木鉢を揺らしてアピールした。まだつぼみだが、牡丹の苗のようだ。
美咲と沖常は(飾りつけは成功)と内心で喜ぶ。
女の子たちは店内展示を眺めながら、沖常の前にやってくる。
しゃなりとお辞儀した。
「「お狐様、こんにちは」」
「ああ。いらっしゃい。ようこそ、2月と5月の花姫」
聞き耳を立てていた美咲がぴくりと反応した。
(花姫……優雅そうな神様だなぁ)
自然に神様だと認識した。美咲も随分と慣れたようだ。
沖常も花姫に礼を返した。
「ねえお狐様。一応聞くけど、うちらが来たこの場所ってお狐様のおうちで合ってるんよね……?」
「いつもとは違う場所を通り抜けたから不思議な感覚よねぇ」
「もちろん」
「「良かったぁ」」
沖常が頷くと、女の子たちは花がほころぶように微笑んだ。
そして美咲の方を振り返る。
黒真珠のような瞳で、じいっと見上げた。
「は、初めまして」
美咲がドキドキしながら対応する。
深く頭を下げそうになって(あっ。会釈ぐらいにしておくべきかも)と、途中で思いとどまった。
(神様に気弱なところを見せすぎないようにしないと……だよね?)
女の子たちはほんの一瞬、にんまり、と含みのある表情を見せる。
(あれ?)
「人の子なん? なんとまぁ。よろしゅうね」
「うふふふ!」
美咲は自分から名前を言ってしまわないように気を引き締めて、「よろしくお願いします」と無難に返した。
「こらこら、二人とも。見つめすぎだ。
この娘は【四季堂】の手伝い係となった『美咲』という。人間向けの雑貨と、神具作りの両方を手伝ってもらう予定だ。つい昨日雇ったばかりだから、お手柔らかにな……。
美咲。こちらの神々は”花姫”。2月の梅姫、5月の牡丹姫という」
さっと沖常が仲介して、お互いを紹介した。
「あらまぁ。雇われたばかりなら、うちらのこと知らないんやない? 教えてあげよか」
「そうよねぇ」
着物の袖を口元に持って行き、品よく笑う。
鮮やかな牡丹と梅の花柄に、美咲は目を奪われた。
「自然を司る神たちの中で、花から生まれたのが花姫よ。
各月の代表花として、1月の水仙、2月の梅、3月の菜の花、4月の桜、5月の牡丹、6月の紫陽花、7月の百合、8月の向日葵、9月の秋桜、10月の薔薇、11月の菊、12月の椿、がいるの。
他にも、妹のような存在の花姫たちがたくさんおるね」
「花姫はねぇ、毎月初めと終わりにお狐様に挨拶をしにくるのよー。花を美しく彩って頂けるようにってお願いと、見守って下さってありがとうございってお礼のためにねぇ」
沖常が「自然の彩りの神」だと美咲は改めて思い出した。
緑坊主や花姫など、自然現象に関わる神々ととくに深く関わるのかもしれない、と考えた。
「毎月、花姫様が2人いらっしゃるんですか?」
美咲が聞くと、梅姫が答える。
「いいえ。普通はその月の花姫が1人で訪問するもんや。でも5月には、梅の実が美味しくなるように祈願する『梅舞い』の舞台があるんよ。お狐様が気合いを入れて舞ってくれたなら、きっと梅は素晴らしい味になる。その挨拶なんよ」
梅姫がそっと招待状を沖常に渡す。
梅の甘い香りが漂った。




