緑の改装
美咲は学校が終わると、すみやかに荷物をまとめて下校する。
部活には入っていないし、特待生ばかりのクラスメイトはみんな塾や部活など各自の予定があるため、引き止められることはない。
美咲は図書館で勉強する、と周囲に言っていた。
実際は二駅分の距離を歩く時間にあてていたのだが。
頭の中で今日の授業内容を復習しながら、五月の空気を感じて歩いていく。
陸上部の足音や吹奏楽部の楽器の音を聞きながら、写生する美術部を視界の端に見て、校門を抜けた。
(今日も【四季堂】へ。みんなに会えるのが楽しみ!)
鞄の招き狐のキーホルダーがちりりんと音を鳴らした。
*
「こんにちは」
【四季堂】の店内に入ると、沖常と炎子たちが美咲を出迎える。
「おかえり」
「た、ただいまです」
美咲は照れながら返事をする。
「ん!」
「?」
炎子たちが差し出してきた綺麗な布を広げてみると、エプロンだった。
今の季節らしい鮮やかな緑色。
「わぁ。綺麗ですね」
「そうだろう。店の手伝いをしている間は、制服としてそれを着るといい。今の時代はこういうのがいいだろう?」
「そうですね。動きやすいですから」
美咲はセーラー服の上からエプロンを纏う。
炎子たちに「よく似合う」と褒められてはにかむ。
「前の従業員さんが着ていたんですか?」
「いや? 美咲の前のものは150年前に働いていたから、着物だったな。エプロンの方が今の時代に合っているだろうと思って、箪笥から布を引っ張り出してきて作ってみた」
「ひえっ……神様のオーダーメイド! もももしかしてこの生地、とても良いものなんじゃ」
沖常はにっこり笑っている。
美咲が顔を覆った。
「まあ、気にするな。長らく使いどころが思い浮かばなかった上等な布なので、ちょうどよかった。
身内は贔屓すると決めているのだ。ひと月ごとに季節に合った色でエプロンを新調するから、着こなしてくれ」
「あああ頑張ります……!」
美咲は激しく恐縮しながら、ぺこぺこ頭を下げる。
頭を下げることに慣れすぎると自分の価値を見失うぞ、とさすがに沖常が注意した。
「とくに神々は我が強い。謝ってばかりいたら、相手の言うがままに頼まれごとを聞くことになるから気をつけなさい」
「心臓がもちませんね。気をつけます……」
美咲はこれまで出会った神々を思い出し、うっと胸を押さえた。
天然暴走狐が目の前にいることは、考えないことにする。
美咲も身内贔屓なので、沖常たちの暴走はわりと許して気にしていなかったりする。
「今日は店の改装を手伝ってくれるか。新緑の季節らしく展示したいんだ」
「はい。何をすればいいか、教えて下さい」
店奥から、沖常と炎子たちが箱を持ってくる。
美咲の前に置く。
中には飾りがたくさん入っていた。
「五月には毎年これを使う。新しいものも少しずつ付け足してな。そうすると増えすぎるから、展示の終わりには訪問者に少しずつ譲っている。
おっと、話が逸れたな。美咲の好きなように店内を飾り付けてほしい」
沖常はワクワクした顔で美咲を見ている。
(これ、きっと珍しい展示でおきつねさんを楽しませて欲しいってことなんだよね……? で、できるかな)
「頑張ってみますね」
美咲が緊張しながら返事をすると「きっと素敵になる、大丈夫」と穏やかな声がかけられた。
期待だけでなく、励ますように。
どのような出来になっても沖常たちは批判しないんだろうな、と美咲は思った。
お互いの人柄に対して、よい信頼関係が築かれている。
美咲と炎子が箱の中を確認していく。
沖常は一部商品の入れ替えを始めた。
春らしい淡いピンクや白の雑貨数点をそっと箱にしまい、代わりに緑色の小物を並べていく。
一年を通して展示している商品はたくさんあるが、季節感も大切にしているのだ。
「店のイメチェン……カーテンを代えようかなぁ」
「ほう!」
美咲が呟くと、沖常が興味津々な声をあげる。
背中に熱い視線を感じながら、美咲は「代えますね」と承認を取り、ただの白いカーテンを取って、レース調の布をかけた。
この薄い布地はカーテン用ではなかったので、ドレープをつくりクリップで留める。
炎子たちも手助けした。
「次は!?」
沖常がやってくる。
「店の真ん中に特設コーナーを作るのはどうでしょうか?」
「是非やってくれ。どう手伝えばいい?」
まるで沖常たちの方が手伝い係のようだ。
主導権をあっさりと美咲に譲って、お願いされたとおりに背の低い棚を運んできた。
美咲はそこに布をかけて、造花と葉をきれいに飾り、「五月らしい商品を並べてもらえますか」と沖常に言った。
「童心を健やかに育てる鯉のぼり。茶香炉。菖蒲の香りの紫手毬。それに、新緑のおすそ分けをしよう」
「観葉植物ですか? なんでもありですね。ふふっ、いかにも雑貨屋さんという感じで、好きです。ところで苗の出どころって……」
「緑坊主」
「やっぱり。世に出して良いんですかぁ!?」
「縁起物だからなぁ。人の世におすそ分けするのもいいだろう」
「あれ、お庭ですごい勢いですくすく育っていたじゃないですか……神様の特別品であることがバレてしまうと思いますよ!?」
沖常はからからと笑った。
「あれは中庭に植えたからだ。現世で普通に育てれば、ゆっくり成長する。ちょっと魔除けのご利益があるくらいだな」
「よ、良かった」
そんな話をしながら、飾り付けを終えた。
白と緑を基調とした爽やかな店内となる。
美咲たちは満足そうに「タッチ!」と手を合わせた。




