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美咲の勉強時間と神々の庭

美咲はさらに奥の座敷に誘われた。

先日、緑坊主による植物の暴走から逃げてきた場所だ。

障子が閉められているので、今は神の通り道である裏戸は見えない。


沖常が座布団を出したので、それぞれ座る。


(すっかりお客様状態だけど……私、従業員なんだけどな。いいのかな? でも勝手に座布団とかを触ることはできないし)


「もてなされてること、申し訳なく思っているかい?」


美咲の考えを、炎子が見抜いた。


「だって顔に書いてあるからなー」


「美咲。気楽にしていればいいぞ。なにか手助けして欲しい時には指示するから。俺はもてなすのも好きなんだ」


「ありがとうございます……」


「そう。その言葉が聞けるからな」


沖常が穏やかに微笑んだ。

美咲の肩の力が抜けた。


「さて。定期テストというものがあるのだな。学生が勉学に励むのは良いことだ。その間、店の手伝いを休みたい……という予定はきちんと聞き届けた。また期間がわかれば言ってくれ」


「ありがとうございます。いつも快く私の都合を聞き入れてくれて、本当に感謝しています」


美咲が心から伝える。

神様の常識に振り回されることも多いのだが、それ以上に、この優しい関係が大好きだ。


「はは、水くさいな。しかし感謝されて悪い気はしないぞ。素直に礼を言われると、もっといろいろと手を貸してやりたくなるものだ」


「もう身内だしな!」


沖常の言葉にかぶせぎみに炎子が発言する。

沖常と炎子、沖常の肩に乗っていた狐火たちが目を合わせる。


美咲が照れたように微笑む。


「美咲。この座敷は落ち着くか?」


「え? えっと、そうですね……落ち着きます。畳の匂いは爽やかですし、柔らかく日が差し込んできていて、まるで時間が穏やかにゆっくりと流れているようです」


ほうっと穏やかな吐息。


「そうか。ではここで勉強するといい。部屋を貸そう」


「………………はい!?」


美咲はごほっとむせる。


「はて? 先ほど炎子とそのように話して決まっていたのでは? だから場所の提案をしてみたのだが。それとも……新たに美咲の勉強部屋をつくろうか?」


沖常が首を傾げた。

付け足した天然発言でさらに美咲を驚かせてしまっている。

ちょい、と炎子が手を挙げた。


「沖常様。おれが美咲と話していたのは、ここで勉強してもいいんじゃないか? ってとこまで。決定はしてなかった」


「そうだったか」


「そうなんです!」


「ではどうしたい? 美咲。この部屋がいいか、別の場所をつくるか」


「その二択なんですか!?」


「ははは、そんなにはしゃいで。元気があってよろしい」


沖常がにこっと微笑む。それから無言で美咲の返事を待っている。


(うっ。おきつねさん……天然? それとも、わかって言ってるんだろうか……!?)


沖常の綺麗な微笑みを見ていると疑うことが馬鹿らしくなってきたので(どちらにせよ好意で申し出てくれてるんだしね)と美咲はあっさり気持ちを切り替えた。

どう返事をしよう、と考える。

随分と神々の非常識に馴染んできたものだ。


「このお部屋を……勉強のために、少しお借りしてもいいですか? ほ、本当にいいんですか?」


「ああ、もちろん。だって俺たちからの提案だったろう? ダメなわけがない」


「「「「やったぁー!」」」」


沖常と炎子が喜び、実は先ほどまで伏せていた狐耳が、やっとピンと立った。

狐火がぼぼっと炎を燃え上がらせる。


実は気にしていた美咲が(ああよかった)とホッとする。


「あとで机を持ってこよう。それから座布団、卓上ランプ、集中力を向上させる香を調合して……」


「沖常様よ。美咲は現代っ子だから、洋机テーブルがいいのかもしれないぞ」


「その可能性もあったか! よし、発注するか」


二人に任せていると、どんどんと話が進んでしまう。


「ちょっとお待ちくださぁい! 贅沢すぎますよ。えっと、勉強場所を貸してもらうだけでも特別ですのに……あまり色々してもらうと、私、お返しできるものがなくて困ります」


美咲がなけなしの勇気を振り絞って言う。


「おきつねさんたちといい関係でいたいからこそ、一方的に貰いすぎだと気になってしまうんです」


この言葉には、なるほど、と沖常たちが頷く。

美咲と一緒にいられたら楽しくて十分だと思っていたが、それでは対価として申し訳ない、という美咲側の気持ちはそれなりに理解できた。


「では美咲よ。料理が得意だろう? なにか作っていってくれないか」


「お料理ですか」


思わぬ要望に美咲が聞き返す。


「食材は色々と揃えておこう。俺は料理が苦手なので、いつも神の世から取り寄せたものを食べているのだが、せっかくなら作りたての料理を食べたい。それが美咲なら、なおいい」


「……分かりました。夕飯のしたく、ということでいいですか?」


「頼めるか! そうか、良かった」


沖常がぺろりと唇を舐める。

炎子が万歳して、狐火がくるくる舞った。

美咲は苦笑する。


「一般的な家庭料理になりますが、いいですか?」


「ああ。人が手作りした料理を神々に捧げるのは立派な供物だ。俺たち神にとって格別に美味しく感じる」


「そんな作用が……!? 一気に敷居が高く……あああの、頑張ります……!」


「美咲が驚いた顔はいつ見ても味があり、クセになりそうだなぁ」


沖常がくっと口に含むように笑う。


「あまり手がかからないものでいい。帰宅時間は厳守なのだろう? 無理はしないように。そうだ、いなり寿司などとてもいいな! ……手間がかかるか?」


沖常が本心からそう言っていたので、美咲は「分かりました」と言った。

いなり寿司はお揚げを前日に煮ておけばすぐに作れる、と話す。

季節の食材の下ごしらえまでは沖常も失敗しないとか。それを使えば、簡単なメニューならば美咲なら30分もあれば仕上げられるだろう。


勉強机として、もともと店にあった机を借りることにした。

沖常が作業の時に使っているらしい。

大変恐れ多い。


「苦手な教科はあるのか?」


「私、古典が苦手なんです……文章作法とかは理解できるんですけど、その時代の情景がまるで頭に浮かんでこなくって。昔の風景って、現代とは全然様子が違いますよね。想像しようとして、いつも行き詰まってしまうんです。挿絵などで補完したらいいはずなんですけど、私の中で何かが納得いかないみたいで困っています……」


美咲が力なく言うと、


「おやおや、なんという巡り合わせだろう。ここに数千年前を知るものがいるわけだが?」


「あっ」


沖常が得意顔で立ち上がった。


「昔ながらの美しい自然風景か。語るも良し、見せるも良し」


沖常が障子をスッと開けてみせた。

美咲は声も出せない。


季節の美しさが詰まった神の中庭。

植物が生き生きと育ち、花が咲き誇る。水流が小さな池を作っている。鮮やかな色彩に圧倒された。鳥の声が聞こえてきて、美咲はうっとりと耳を澄ませた。


「うわあああ……タイムトリップした気分です……! 素敵ですねぇ。頭がフワフワしています……現実ですか? 桃源郷ですか?」


「面白い表現をするなぁ」


沖常と炎子がからから笑った。

すっかりこの光景に魅せられた美咲は、毎日のように【四季堂】に通うことになるのだった。


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