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苔玉作りのお手伝い


刈った植物の片付けを早めにすませたいとカマイタチが言うので、美咲たちは急ぎ足で座敷に向かった。

炎子との話はいったんおあずけだ。


「わー。とても綺麗になっていますね」


植物が伸び放題だった座敷はさっぱりと片付いている。

カマイタチが刈り、狐火が根元を焼いたのだろう。


そして和紙の上に、様々な植物の新芽だけが並べて置かれている。


「これは毎年の縁起物だからな。一種類ずつ、芽を保存しておきたいんだ」


沖常がそう言って、着物の袖をたすき掛けした。

作業開始の合図だ。


「そこの引き出しから苔玉の元を出してくれ」


美咲が引き出しを覗き込むと、大きな土玉が紙に包まれて入っている。


「これでいいんでしょうか……?」


「ああ。それから、となりの引き出しには緑のハンカチがあるだろう」


また美咲が取り出す。

ふんわりした肌触り。ハンドタオルのように厚みがある。


材料二つを沖常の元に持っていく。


「こうするんだ」


沖常は土玉をハンカチで包んだ。

するとハンカチはみるみる白くなる。


「え!?」


声を上げてしまった美咲を、カマイタチが「これくらいで驚いていていいのか。声がやかましいぞ」と呆れたように注意して、「まだ勤務し始めて2日目だからなぁ。お手柔らかに頼む」と沖常が微笑みながら言った。


「ハンカチの緑は土玉に吸い込まれたんだ。ほら、見てごらん」


沖常がハンカチを開くと、柔らかな緑苔に包まれた苔玉ができあがっていた。

見事だ、とカマイタチがうっとり目を細める。


「美咲もやってみるといい。丁寧に扱えば大丈夫、割れない。簡単だから」


「はいっ」


土玉をハンカチで包んでから、いちさんよん、と炎子と狐火が数えた。


(あ……ほんの少し手のひらが重くなった。苔が生えたから? ハンカチは薄くなってる)


そっとハンカチを開くと、手のひらに苔玉が乗っている。

上手にできている、と沖常が褒めた。


「甘やかしてるなァ……」


カマイタチは呆れたように言う。


「良い言葉は空気をきれいにする。縁のつながりを強くする。ほんのわずかに口を開くだけでそれだけの効果があるのに、何をためらうことがあるんだ? ああ恥ずかしがっているのか」


沖常がからかうので、カマイタチがぺしっと獣の手で沖常の膝を叩いた。

美咲は笑ってしまわないようにお腹に力を入れる。


「この苔玉に、緑坊主が芽吹かせていった植物の新芽を植える。先ほどカマイタチが切ってくれたから、切り口が見事だろう」


美咲が頷くと、カマイタチも嬉しかったらしく、自分の鼻を爪先でちょんと弾いた。


「ええと、接ぎ木みたいにするんですか?」


「そう。苔玉に新芽を半分ほど埋めて、このハンカチを下に敷いた状態で、清水をかける」


沖常は炎子から淡い緑色のハンカチを受け取った。

お盆にハンカチを敷き、接ぎ木した苔玉を置く。


「あれ? このハンカチ、店内商品ですよね」


「よく気付いたな。園芸向きの商品なんだ。植木鉢の下に敷く。ハンカチには養分が染み込ませてあるので、植物はその養分を得ようと下向きに根を伸ばす。つまり成長を促進するしくみだ。

先ほど苔を生やした厚手のハンカチは、これの効果をより高めたもの。濃縮商品はさすがに非売品としているが」


美咲が「理解しました」と頷く。

頭の中に商品情報をメモ。


「【四季堂】の商品は、ほんの少し心を豊かにするものを扱っている……ですもんね。炎子ちゃんから聞きました」


「俺が言おうと思っていたのに!」


は一緒だろ? 沖常様よ」


「……そのことについても言おうと思っていたのに。まったく」


沖常が唇を尖らせて、炎子がいたずらな笑みを浮かべた。

美咲がきっといいリアクションをするだろう、と実は楽しみにしていたのだ。

炎子の額をつんと指先でつついてやった。大きな痛みは沖常にも影響するので、ちょっぴり痛い程度に。


美咲がひたすら新芽を苔玉に差し込み、沖常は水差しで清水を注ぐ。

だいたい30個。


「これを室内の日が当たる場所に置いておく。明日には外に出すぞ。よし、作業は完了だ」


「お疲れ様でした」


美咲が言うと、沖常は満足そうに「うむ。そちらもな」と返す。


「楽しそうだなぁ。お狐様。顔が明るいぜ」


カマイタチがやれやれと肩をすくめてみせた。

やはり仕草が人間くさい。


「じゃ、俺は次の剪定せんていの仕事があるんで、失礼するぜ。切った木材はもらって行っていいのかい」


「ああ。この店の置き場所は限られているし、倉庫を増やすのは面倒だから、そうしてくれると助かる」


「はいよ!」


カマイタチは裏玄関付近に置いてあった植物のツルや幹を、つむじ風でひとまとめにしてしまう。

暴風の中で、木々がぶつからないように回転している。


「もし木材が必要になったら、声をかけてくれ。神の世からこの店に運んでくる。

半分は神の世に植え替えて、もう半分は素材用に乾かしておくつもりだ」


「いつもありがとう」


沖常が声をかけると「確かにそう声をかけられると気分がいいや」とカマイタチがにやっと笑う。


「それじゃあな。仕事頑張れよ、お嬢ちゃん」


カマイタチが吹き抜けるようにして帰っていった。


「あと少し、帰るまで時間があるな。美咲、勤務について話し合おうか」


何も聞いてなかったはずの沖常がタイミングよく話を切り出したので、美咲は驚く。


「おれの本体は沖常様だからなー。伝えたいことは一瞬なのさ」


炎子がとんとんとおでこをつついてみせた。


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