店番しながら炎子とお話
店番と言っても、お客が来るまでやることはない。
店の商品はどれも特殊なため、沖常がとなりにいる時に触ること、と言われていた。
軽く床を掃き掃除して、今はぼんやりと会計台に座っている。
「ヒマかい? 美咲よ」
炎子がカウンターに座り、足をぶらぶらさせている。
「いいえ。この雑貨店が好きだから……座って、お店を眺めているだけでも楽しい」
「変わり者だなー。でも嬉しいぞ」
炎子は満足そうに美咲の言葉を噛み締めた。
棚には商品が丁寧に飾られている。
まだ全てを見たわけではないので(また新たな品が追加されている)美咲は眺めながら、効果を想像した。
(うーん。イメージが浮かんでこないなぁ……雑貨の効果がいつも予想外なのもあるけど、私、想像の才能がないんだよね……)
美咲は眉をハの字にする。
教科書に書かれていることを学習するのは得意なのだが、一から作り出すのが苦手なのだ。
だからいっそう沖常を尊敬している。
窓から入り込んだ光がふんわりと店内を照らすのを眺めていると、時間がゆっくり進んでいるように感じる。
カマイタチに会って鼓動が早くなっていた心臓が落ち着いてきた。
美咲の掃き掃除が終わると、炎子が「くあぁ」とあくびをした。
「このままじゃ寝てしまいそうだ……。美咲、話をしよう」
「どんなお話?」
「聞きたいことはないか? バイトについて。おれでもそれなりに答えられるぞ」
美咲は少し沈黙して、考える。
「明日とあさっては、バイトに来れないって話したよね。私は特待生で入学しているから、勉強を頑張らなくちゃいけないの。成績が下がると困るから。
これからも、バイトと勉強の日が数日おきになると思う…………って、先に言っておくね」
「ふむ。沖常様は一週間分の予定しか聞いてなかったからなー」
「そうなの」
炎子がこくこく頷く。
「事情は分かった。伝えよう」
「ありがとう。あと定期テストの前には長めのお休みをもらいたくて……」
「伝えとく」
炎子が協力的だったので、美咲がホッとする。
「ちなみにその勉強はどのようなものだ?」
「えっと。こんなのだよ」
美咲がカバンから教科書を出して、パラパラとめくってみせる。
物理、数学、現代文、科学……。
炎子が「むむむ」と唸る。
「おれなら燃やして終わりだな。見なかったことにする。小難しい説明なんてなくても、世界は動いているんだから」
「そうかもしれないね。世界は生きものだもんねぇ」
美咲はそっと頷きながらも、さりげなく教科書を引き寄せて守りつつ(燃やされないように)、炎子の狐耳が伏せてぴくぴく動いているのを(か、可愛い!)と思いながら観察した。
「……素朴な疑問。おきつねさんには尻尾がないね?」
「おれたちが沖常様の尻尾の分身体だからなー」
思わぬ返事に、美咲の目がまんまるになる。
炎子のふかふか尻尾がゆらりと揺れた。
「特別に教えてやろう。
沖常様は九の尾を持つ白銀狐。
この尾を、それぞれ狐火として独立させて、意思を持つ僕として使役しているんだ。
おれたち壱・弐・参・肆は沖常様の手伝いをしていて、伍・陸・漆・捌・玖は神の世で動き、連絡ごとを沖常様に伝えている。
ほら、額に数字が書かれているだろう?」
炎子が前髪をかき上げると、青い文字で「壱」と書かれている。
そういえば狐火状態の時にも額に大字の漢数字が現れていた、と美咲が思い出す。
「そんな意味があったんだね……! じゃあおきつねさんは九尾の狐の姿に戻ることもあるの?」
「あるぞ。年始の神々の宴で、本来の姿を披露する。おれたち狐火を吸収すると、九本の尾が生える」
「生える」
なんだか表現が面白くて、美咲のツボに入った。
しかし神様の容姿のことなので、失礼のないように、頑張って笑いの衝動を抑える。
沖常の狐耳のように柔らかな毛で、ふわもこの尻尾なのだろうか、と想像してみた。
この時の想像は、野生の狐の尻尾を増やすイメージ。
とても可愛らしい、とやはり面白く思った。
美咲が口元を手で押さえたので、支えがなくなった教科書がパタンと自然に閉じる。
「なぁ美咲。いつも勉強はどこでやってるんだ?」
「そうだね。授業が終わったら教室でノートを見返して、帰り道で頭の中で復習、家に帰ってからもう一度勉強して、次の日の予習をしてから寝るの。そんな感じ」
「うへぇぇ! 勉強漬けじゃないか」
炎子がべーと舌を出す。
「知らないことを学ぶのって面白いよ。でも確かに疲れることもあるから、雑貨店で綺麗なものを見るのが癒しの時間になってるの」
美咲の言葉を聞いた炎子が「そりゃよかった」としたり顔になる。
にやっと口角を上げた。
「この雑貨店で勉強していくのはどうだ? 美咲は心が癒されるし、どうせ家に帰ってもすることは同じだし、いいだろう?」
「……ええええ!? その発想はなかった……」
「奥の静かな座敷を貸してやることもできるし。それ、いいな! おれの発想に拍手喝采の気分だ。よしよし」
炎子は1人で納得している様子。
美咲は悩んでいる。
「だっておれたちは美咲といたいんだ」
そう言われて、美咲がハッと頬を染めた時。
仕事を終えたカマイタチと沖常が、店の奥から現れた。




