つむじ風とカマイタチ
翌日、美咲は張り切りながら【四季堂】を訪れた。
店の玄関の前で「よし!」と気合いを入れる。
「……おかえり?」
玄関を開けた沖常と炎子に、先に出迎えられてしまった。
なかなか入っていかなかったので、不思議そうな目で見られている。
「あっ。ただいまです」
拳を握ったポーズを見られた美咲は恥ずかしそうにはにかんだ。
「今日はカマイタチが来るんだ。緑坊主が植物まみれにした座敷を清掃してもらおうと思って、呼んでおいた」
沖常が今日のお手伝いを説明する。
「美咲には、植物の刈り取り作業が終わるまで、この店舗の店番をお願いしたい」
「わ、私がですか? いきなり店番となると……来客があったときに、おきつねさんのように接客できる自信がまだありません。お店の商品に詳しくないので、尋ねられたときに説明できませんから……」
「ああ、人が来たら俺を呼んでくれたらいい」
「分かりました」
美咲はホッと肩の力を抜いた。
即戦力を求められるには、この店のことをまだほとんど知らないのだ。
「ゆっくり馴染んでいってくれ。俺たちは美咲との縁を末長く大切にしたいのだから」
沖常たちが穏やかに声をかけて、美咲の緊張を解いた。
「一応、炎子を1人置いていくから」
「よろしくな!」
一体の狐火がポンと弾けて、幼児姿になり、美咲に手のひらを向けた。
タッチ、と2人で手をあわせる。
美咲はより安心したようだ。
「カマイタチはそろそろ来るはずだ」
沖常が店の奥を目を細めて眺めた。
すると、店内に風が吹き込んでくる。
沖常や緑坊主が扱う柔らかな風とは違い、鋭く、重みがある風だ。
ハッとする美咲たちの前に、つむじ風が渦巻いた。
「よう。お狐様」
濃い茶色の大柄なカマイタチが現れる。
50センチはあるだろう。
美咲は手を眺めたが、鎌はなく、柔らかな毛に覆われた獣の手だ。
じーっと注目されたので、カマイタチはどこか人間くさい動きで腕を組む。
「この娘さんが、お狐様のお気に入りの人間かい? 噂になってるぞ」
「えっ!?」
「噂に……? はあ。話の出所は大方、緑坊主と風神の大老様か?」
「ああ」
カマイタチは一言だけ口にして頷き、その話を終えた。
彼は仕事をしに来たのだ。
「この手が気になるかい? 人の娘。オレはカマイタチだが、普段は鎌がない方が生活がしやすいのさ。手が鎌になったままだと、湯呑みも持てやしない」
獣型のカマイタチが湯呑みを持ちお茶をすする、というイメージが美咲の頭の中に面白おかしく描かれた。
「さあ、仕事だな」
カマイタチがまた鋭い風を纏うと、一瞬のうちに手先が鎌に変わっていた。
ギラリと刃が凶暴に光り、美咲がぶるっと震える。
「手紙に書いた通り、緑坊主が生やした植物を刈ってほしい。毎年恒例のやつだ。俺の仕事道具がたくさん置かれた座敷だから、壁沿いに風の結界を張って棚を覆うぞ」
「お狐様。これも毎年言っているが、別の場所で緑坊主と会えば結界の手間が省けるのではないか?」
「ははは。いつもの場所が落ち着くのだ」
沖常はなんてことないように自己主張して「それにカマイタチの殺陣を信頼しているからな」と付け加える。
カマイタチは「かなわねぇや」と言って、つむじ風を纏って浮かんだ。
「それでは。美咲、店番をよろしく頼む」
沖常とカマイタチが店の奥に消えて、美咲たちは店番を始めた。




