星のコンペイトウと桜ペン★
夜。なんとか一日のスケジュールをこなした美咲は、勉強机に向かって教科書を開きながら、ふと、机の端に置いたガラス瓶を見つめる。
このページだけ終わらせよう、と決めた範囲をこなしてから、問題集をぱたんと閉じる。
「星を集めたコンペイトウ……って言ってたなぁ」
ガラス瓶を手に持ち、窓に向かってかざしてみる。
夜空の背景に、コンペイトウのきらきらがよく映えた。
「本当に綺麗」
顔がほころぶ。
美咲は雑貨が好きで、時間があるかぎり店を巡っているが、こんなに素敵な商品との出会いは初めてだ。
桜のペンと交換してくれた店主に感謝した。
瓶を少し揺らすと、しゃらしゃらとコンペイトウが揺れる。
「……食べるのは、ちょっとね。成分が書かれたラベルも貼られていないし、食べたら幸せになれるっていうのも……ちょっと怖いから。大切に飾ろう。……溶けないよね?」
できるだけ涼しい場所は、と部屋を見渡して、日の光が当たらない机の引き出しにしまった。
ここなら、叔母にも見つからないだろう。
「おきつねさん、雑貨がとても好きなんだろうな。親切にしてくれて、嬉しかった……。お店に行ってよかった」
また訪れたい、と美咲は心から思った。
そのためには、しっかりと勉強をして、寄り道をしたことがバレないようにしなければいけない。
学校で自主学習をしている、と同居の叔母に言い訳しているのだから。
(こっそり、秘密の場所に宝物を隠しているみたいだ)
机の引き出しの素敵な雑貨に、商店街にそっとたたずむ【四季堂】のことは、どちらも美咲にとって大切な宝物になりそうだ。
引き出しコツンと指で叩いた美咲は、まるで秘密基地のよう、と幼少期を懐かしく思い出した。
ベッドに入って眠る。いつもより深く眠れた。
*
四季堂の店内を、沖常がウロウロと歩く。
「…………うーむ。今日もこないか」
木の扉をそっと開いて、薄暗くなった空を見上げると、ふう、とため息を吐いた。
「逢瀬、叶わず」「あらら」「残念」「乙女かよ」と狐火が言って周囲を舞いはじめたので、「お前たちを人間に見られるわけにはいかないのだぞ」と手で払った。
「ひゃーーっ」と狐火が机の下に潜って行く。
ぴょこん、とひとつが顔を覗かせた。
「沖常様は顔を出してるのにぃ」
「俺は良いんだ。普通の人間には、ただの同族に見えるから」
「でもあの娘は狐耳を見破ったぞ」
「……そうなんだよなぁ」
沖常が首を傾げた。
店内に引っ込んでから、また名残惜しそうに、うずうず、と扉を内側から見る。
「よほど気に入ったの」「ひゃーー」と狐火が野次を飛ばした。
沖常は店を閉店(現世から隔離)させてから、店奥の畳の間であぐらをかく。
着物の裾をたすき掛けして、作業に入った。
表面がなめらかな紙を取り出す。
「そりゃあ、そうさ。心の豊かさを説く少女に、好意を抱かないはずがないだろう?
誰も彼も忙しそうに季節を通り過ぎていくばかりで、俺が作った美しい四季に見向きもしないことの虚しさよ。でも彼女は違った。
雑貨は心を豊かにする。いい言葉ではないか、うむ!」
沖常はぶつぶつ言っていたが、気を取り直したように笑う。
桜色のペンを取り出して「良い色だ」と褒めると、紙にインクを染み込ませた。
「おお? 随分と細い線になるのだな。うーむ。今回はこうしてみようか」
桜色の4色をたくみに使い、美しい桜の絵を描いてみせる。
「いつもは和紙に筆を使って描いているが、こういうのも新鮮で良いな。さあ狐火よ」
「「「「ほいさっ」」」」
狐火が紙をしゅっとこすると、余白が燃えて、桜の輪郭が浮かび上がる。
花びらごとに細かく分かれて、ハラハラと散った。
沖常がふっと口をすぼめると春風が吹き、部屋の片隅に置かれていた”鏡水”の上に浮かぶ。
溶けるように沈んでいった。
「春を楽しむと良い。君も」
そおっと付け加えられた「君」とは、美咲のことなのだろう。
クスクス笑う狐火たちも、久しぶりに訪れた変化にワクワクしていた。