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【四季堂】のご縁

「おきつねさんにお話があります」


「ふむ?」


美咲が思い切ったように話し出す……。


「その前に。お茶が冷めるから飲むといい」


「あっ。頂きます」


美咲はお茶を口にして、机に崩れ落ちた。

沖常たちが面白そうに反応を窺う。

がばっと起き上がった。


「おきつねさぁん! 体調が良すぎて頭がふわっふわします……! それに豊かな緑の風味が鼻を吹き抜けてお茶が美味しすぎて味覚が大満足です!」


「良かったではないか。うむ、口調もなんだか元気だな。実に上手に褒めている」


沖常と炎子たちがにこにこと美咲を眺めて、その様子をさかなにお茶を啜った。

ホッとひと息ついているものの、美咲のような派手なリアクションはとらない。

毎年の事なので数千回経験しており、慣れている。


狐火たちが子どもの姿になっているのは、人型をとると味覚が鮮明になるためだ。みんなで食卓を囲む様子はまるで家族のようにも見える。


美咲は涙すら浮かべながらお茶を味わって完食する。


「はあぁぁ……こんなに美味しいものを頂いたのは生まれて初めてです! ごちそうさまでした」


「そうだろうな。人間で口にした者は初めてという逸品だ。美味すぎて泣くのも納得というもの。寿命が3年伸びる」


「初耳ですよ!?」


美咲がむせる。


「そりゃあ、そうさ。初めて言ったのだから」


沖常がのほほんと返事をするので、美咲は反応に困った。


「本来ならばこのお茶は神々の飲み物だからな。そう気楽に振る舞えない」


「聞けば聞くほど恐れ多いのですが……!?」


「緑坊主は『美咲に』とあっさりと置いて行っただろう。しかしあれは問題発言なのできっとあとで親に叱られる。緑坊主が悪い。

ああ、話が逸れた。この生命の緑はただの人が摂取したら効能が強すぎて毒になるのだが」


「……私もただの人ですが……?」


「何をいう。緑坊主の姉のような存在になってしまっただろう? 美咲にとってはとてもいい薬だぞ」


なんとなく嫌な予感がしていたが、明言されてしまったので美咲は頭が真っ白になった。

脳内で緑坊主が「よろしくねー!」と笑っているが、ぶんぶん頭を振ってイメージを追い出す。


「ちなみにこの最奥の部屋に人が入ったのも初めてだなぁ。ここは半ば神の領域であるからな。強力な縁が複数なければ、足を踏み入れた時点で店の外に弾かれてしまう」


沖常の追撃。

美咲は…………退路なんてすでにないことを悟った。


(私、すでに人を超えているの……? よく分からない……。でもバイトを断れる立場にないことはなんとなく分かる)


投げやりに覚悟が決まる。

しかしそれでも一応、と沖常に相談を持ちかける。


「あの……。私、バイトに関して不安があるんです」


「おや? 言ってみなさい」


美咲がゴクリと唾を飲み込む。


「一般的に学生のアルバイトは、学校に届け出が必要です。私の学校では学費・生活費が困窮していることを条件にアルバイトが認められています。私は奨学金制度で学費免除として入学していますし、生活費も…………両親が亡くなった遺産があるので、家庭資金は十分だと判断されるでしょう。

学校に申請しても、アルバイトは認められないと思います。

それに保護者の許可も必要です……なので……アルバイト、しちゃダメなんじゃないかなって……」


沖常たちは驚いた様子。


「こっそりと、という発想は出てこないのだな。全て告げてしまうとは。美咲は真面目だ」


「ねー」


炎子たちも口々に「真面目すぎ」という。


(私も、こっそりと……って考えなくはなかったけど、やっぱりルールを破るのって心苦しいもん。神様がこんなに適当でいいのかなぁ……?)と逆に美咲は心配に思った。


しかし、現代の者が細やかにルールを決めて自らを律しているだけで、移りゆく自然と共存してきた神々は変化をおおらかに受け入れるものなのだ。ズバリ適当である。


「学校に、保護者。それらは神様よりもえらいのか?」


「え」


沖常がふと、とんでもないことを問いかける。

神様よりもえらい存在なわけがない。

美咲が慌てて否定する。


「とんでもございません!」


「そうかそうか。それならば何も気にすることはないではないか?

"俺が許可しよう。"安心したか?」


力強い声で言われて、美咲は唖然とした。

沖常の一声で、空気がガラリと変わったのだ。


(また、縁が、結ばれた、みたいな……?)


美咲の心がぱーーっと晴れていく。

目に見えない変化が生まれているようだ。

ふっと肩の力を抜いて、ひと呼吸。


「おきつねさん、私を流れに乗せるのがとてもお上手だと思います……」


「ははは! 長らく、四季の移ろいに身を任せてきたからな。流れがどのようなものかは本能のように知っている」


(本能って。そこは狐の名残りみたい)


脱力しながら美咲がふにゃっと笑うと、沖常と炎子もつられて笑い、尖った犬歯が覗いた。


「現代の者はとても多忙なのはわかっておる。すでに伝えた通り、できる限り美咲の予定に配慮するつもりだ」


沖常がスケジュール帳を取り出して、「時間の目盛りの細やかさに驚いたぞ」と言った。


「本当にありがとうございます。あの……よろしくお願いします」


美咲がぺこっとお辞儀して言うと、


「ああ、これからよろしく」


「よろしく〜!」


ほがらかな返事が返ってくる。

大切な挨拶を交わした。


沖常はスケジュール帳をぱらぱらめくる。

美咲のアルバイトについて、書き込んでいく。


チラリと目に入ったページには色々と予定が書かれていた。


「スケジュール帳、さっそく使って下さってるんですね」


「うむ。とても楽しませてもらっているぞ。現代の人々の忙しさには驚かされたがな。予定が15分刻みとは! 全く」


沖常の耳がへにょんと伏せた。

美咲がふふっと笑い声を漏らしそうになり、口に手を当てる。


「この店の予定も見ておくといい。美咲はこれから手伝い係となるのだから」


沖常がスケジュール帳を美咲に見せて……書かれた予定、もとい神々の名前やら神事について見てしまい、机に突っ伏した。

本日三度目。

炎子たちがつんつんと後頭部をつつく。


手伝い契約はもう結ばれたあとである。

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