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新たな縁と生命茶


緑坊主がニコッと美咲に笑いかける。


「きみも、手伝ってくれてありがとうね!」


「どういたしまして。緑坊主……さま。今朝、もしかして山のあたりで生命力を集めていましたか? 私、見ていましたよ」


美咲が指差した方角を確認した緑坊主が「そうそう」と頷く。


「うん! 緑茶の素は君たちにあげるから、新緑の風味を楽しんでね。

ところでー、緑坊主さまって言いづらくない? 好きに呼んでもいいよ。こんなにたくさん話したんだからもっと親しく呼んで!」


ぐいぐい近寄ってこられて、美咲が焦る。


「ええっと、それではみどりくんで……」


「あっ美咲!? こら、緑坊主!」


「えっ!?」


沖常が突然大きな声を出したので、美咲がびくっとした。

緑坊主はにんまり顔だ。

沖常は片手で顔を覆って「はあ〜……」と盛大にため息をついた。


「縁を作られてしまったか……」


「ええ!? それってもしかして、ああ、あだ名も……ダメでしたか……」


「とてもダメだ。美咲の名付けを緑坊主が受け入れたので、美咲は緑坊主の姉のような立場になってしまった」


「えーー!? こ、困ります!」


「そうだろうな。こら緑坊主。舌を出していても誤魔化されないぞ?」


緑坊主が頭をかいたら、みずみずしい葉がゆさゆさ揺れる。


「だってぇ、お狐様ばっかり羨ましいもん。オイラも現世の可愛い女の子とたくさんお話ししてみたいんだよー」


まるで反省する様子のない緑坊主の頭を、沖常がスパンと強めに叩いた。数枚葉が落ちる。

「痛いよ!」と悲鳴があがった。


「人と話すのはとても面白いし、とくに美咲は良い娘だから、お前の気持ちは分からなくもないが。

しかし、緑坊主よ……自分の立場を忘れたか?

今のお前は成長途中の緑神であり、軽率に人と縁を作り寄り道をすることは許されないのだぞ。また成長が遅くなるではないか。やっと神隠しをしなくなったかと思えば……風神に痛烈に説教されるだろうなぁ」


「あっ!? い、嫌だ! お狐様、口添えをどうか……!」


「い、や、だ」


沖常がニッコリ笑って断言する。とても怒っているようだ。


緑坊主が青ざめて、口添えは諦めてがっくり肩を落とした。

初めて沖常が怒るところを見たので、美咲は緊張している。


沖常がパン! と手を叩くと、全員がビクッとした。


「……まあ、してしまったものは仕方ない。せっかくの仕事終わりなのに、いつまでもしんみりしているのももったいないというものだ」


穏やかな声で沖常が話すと、他の者はほーっと肩の力を抜いた。


「お狐様、さすがの切り替えの早さですねー!」


「やかましい」


余計な事を言って頬をつねられる緑坊主と沖常を、美咲がそっと眺める。

すると、沖常が美咲を見て苦笑した。

美咲がびくっと反応する。


「近々、緑坊主の親である風神が挨拶をしに来るだろうな。心構えをしておけよ?」


「ひえっ!? お、おきつねさん……! 私どうしたら……!?」


「なに、俺が横についていてやる。粗相をしたのは緑坊主なのだから、美咲が責められることはないさ。謝罪を受け取るだけでいい」


「神様に謝られちゃうんですかー!? ひぃぃ」


「あっはっはっは! ごめんねー美咲ねえちゃん」


きっと、この緑坊主のような軽やかな謝罪ではないのだろう。

美咲は胃が痛くなった。


畳から生えていた新芽が、モゾモゾと動き出す。

先ほど緑坊主が転がった時に芽生えたのだ。


「そうだ! せっかくだから、いいもの見せてあげるね!」


緑坊主が美咲にそう言って、「そーれ!」バッと腕を上にあげた瞬間……

勢いよく新芽が成長して、様々な植物があっという間に部屋を覆った!

むせ返るような新緑の匂いに包まれる。


目を白黒させている美咲を、沖常が袖の下にかばっている。


「まったく困ったものだ。この作業をした後はいつもこうなる。緑坊主はバタバタと動いて床に転がるから新芽が生えるし、先ほど溢れた生命力が植物を急成長させてしまうのだ」


植物のツルの間から、ひょこんと緑坊主が顔を出した。美咲を見る。


「これからよろしくねー!」


よろしくしたくなさすぎる、と美咲が妙な日本語で考えた。


「こ、これ片付けて下さい」


遠い目をして放った返事に、緑坊主が目を丸くして、狐火たちが爆笑した。


しかし、なんと緑坊主は生やすばかりで片付けは苦手なのだという。

この植物の片付けにはあとでカマイタチを呼ぶのが恒例行事だ、と沖常が言って、別室に移動した。

いつの間にか部屋が増えているように美咲が感じた。

実は【四季堂】の店舗は沖常の思うがままに変えられる。


緑坊主の髪がとても長くなっていて、ずるずると引きずるので、自分の手で抱えて歩いている。

これも、こぼれた生命力が緑の成長を促した影響なのだとか。


別室についた美咲たちは、やっと一息ついた。


「へへっ。じゃあ、またね!」


とても嬉しそうに手を振って、緑坊主は店の裏口から風のように出て行く。

裏口には、大きな赤い鳥居が立てかけられている。

美咲が目を丸くして凝視した。


「ああ、またな。

縁ができたからなあ……緑坊主と会う機会がこれから増えるだろうな」


「す、すみません……あの、彼のこと、あまり呼ばない方がいいですか?」


沖常がきょとんと美咲を見下ろしてから、ポンと手を打つ。


「いや、名付けたことに意味があるので、緑坊主をあだ名で呼んでやるのは問題ないぞ。

なんだ、早速アダ名を呼ばないように気をつけていたのか。美咲は頭がいいな」


思わぬところで褒められた美咲はどう反応していいか分からなくて、困り顔になる。

沖常はまた、パンと手を叩いた。


「緑坊主の置き土産の”生命の緑”で茶を淹れよう。それで気分転換するとしようか」


沖常がお茶を淹れて、六つの器が並んだ。


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