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緑坊主の朝もや回収

春のあけぼので心地いい眠りについて、美咲は朝早くにすっきりと目覚めた。

昨日の出来事を思い返すと、まだ夢の中にいるかのような錯覚に陥る。


(……つい、アルバイトに前向きな返事をしてしまった!! おきつねさんは絶対にもう確定のつもりでいる。どうしよううぅ……)


ぼすっと枕に頭を埋めた。

今さらスパンと断ると、あの狐耳がこれまで見たこともないくらい伏せてしまうのではないだろうか。


(……ちょっと見たい気もするけど……)


でも悲しいことでは悩ませたくない。


「はあ。気分転換しよう。そうだ……緑坊主くんが朝もやを集めるって言ってたよね」


美咲は布団をたたんで、立ち上がる。

窓のカーテンを開けた。


「わぁ。町全体が朝もやに包まれてる。朝日が柔らかく溶け出したみたいに見えるよ」


きょろきょろと周辺を見渡すが、緑坊主の姿はない。


「さすがにこんな町の中からは見えないかな。森林で緑の生命力を集めるって言っていたから……あの辺り?」


遠方に霞んで見える山を、目を細めて見る。

今頃、緑坊主はあの特別な網を使って神様の仕事をしているのだろうか。


「虫取り網みたいにあれを使うのかな? なんだか、似合う」


ふふっ、と美咲は口の中に笑いを含んだ。


緑坊主はやんちゃな少年といった風貌だったので、まさに虫取り網が似合うと感じたのだ。

神様と神具に対して、面と向かってそんな表現はできないが。


窓を開けると、空気がまだ冷たい。

ぼんやりと頬杖をついて、山を眺めていると……山の輪郭が少しはっきりしたように見えた。


「えっ!?」


目をこする。

そして山を凝視すると、左から右にかけて朝もやがスッキリ晴れていった。

今まさに大きな網で朝もやを回収しているかのようだ。


美咲がぱちぱち瞬きしている間に、日の光がみずみずしい山の緑色を照らし出した。


「……すごーい」


美咲が思わず呟くと、少年の笑い声が爽やかに耳をかすめていく。

「ひゃっ」と声を上げてきょろきょろしたが、姿を見ることはできなかった。

しかし美咲の部屋には森林の香りが立ち込めていて、家の周囲だけぽっかりもやが晴れている。


驚いてドキドキする胸を押さえて、美咲は今日の放課後に思いをせるのだった。







放課後になり、少しだけ親しくなったクラスメイトにお別れの挨拶をした美咲は、【四季堂】に急いで向かう。

鞄には招き狐のキーホルダーが付いていて、リリリンと鈴の音を鳴らした。

昨日働いた報酬としてもらったものだ。


(えっと、バイトについて、報酬はお店の商品で払うって言ってくれた。お金じゃないから叔母さんや学校に申請しなくてもいいよね……?

お手伝いの時間も、私の予定に合わせて少しでいいって。

短時間でできることだけを頼んで、働きに応じた報酬を好きな雑貨で払うから問題ない、って……こんなに好条件で誘ってもらってしまって、いいのかなぁ?)


嬉しく思いながらも、美咲はまだ踏み切れない。

今日、詳しい話を聞いてみてから判断することにした。


(うーん。おきつねさんの言うがままだよね。流されすぎかもしれない……意外と押しが強いからなぁ。神様の常識として行動しているんだろうけど)


美咲は沖常たちの顔を思い返す。

思わず口元がほころんだ。


(たくさん不思議な現象を見せてもらって、ものすごくびっくりしたけど、なんて楽しい時間だったんだろう!

もっとあのお店の人たちと、一緒に過ごしてみたい……神様だって言うなら信じたい。

自分がそう感じた気持ちを、大切にするべきなんだよね。きっと……)


そうしたらバイトを思い切れるだろうか、と考えながらも、美咲はまだ悶々と悩む。

自分が知らない世界に足を踏み入れるのは、とても勇気がいるのだ。


手のひらを握ったり、開いたりしながら、沖常の狐耳の極上感触を思い出す。


(キツネコスプレの見た目でのんびり対応されたから、一人で雑貨店を経営する年上の男性に対しても、最初からあまり警戒心を抱かなかったのかもしれない?)


でも無用心だな、と数日前の自分について反省する。


(それに、神様らしいオーラみたいなのも警戒心を和らげる原因だったとか?)


……しかし思い返してみると、賑やかに沖常と狐火が戯れる様子ばかりが頭に浮かんできて、(威厳という感じではない)と面白く思った。


口元を覆った手を、すっとおろす。

その手に赤い糸が絡んで縁を結んでいることには、まだ気付かない。







美咲が店の前に着くと、


「お帰りなさい」


招き狐の置物がそんなことを言ったので、美咲はぽかんとした。


「メイド喫茶かな? なんてね」


(おかえり、かぁ。…………)


美咲は自分から扉を開けてみる。

向かってくる途中だった沖常と子どもたちが、店の中央でストップしている。


「えーと……こんにちは」


つい照れ隠しでこう返事をしてしまうが、


「美咲、おかえり」


みんながそう言うので、美咲は耳まで赤くして盛大に照れた。


「た、ただいま、です」


本当に稀な縁で気にいる人と出会った、と沖常たちは言って、美咲を大切に迎えたいと昨日話してくれた。

だからこその「おかえり」「ただいま」という挨拶なのだろう。


縁がまた深まる。

本来ならば人が立ち入ることなんてできない神様の領域に、美咲は導かれていく。

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