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生命力を集める白銀網

沖常は箪笥たんすから材料を取り出していく。

細い蜘蛛糸の束に、塗料が入った瓶、糊壺のりつぼ、大箪笥からは木の棒を出してきた。

緑坊主が頭の葉をちぎったものを、狐火が上手にあぶって乾燥させていく。


「美咲。このすり鉢に葉っぱを入れて、すりこぎで細かくしていってくれ。力はいらないから初めてでもできるはずだ」


「は、はい」


美咲は言われるがままに器を受け取って、自分の前にそっと置いた。

緑坊主が乾燥葉をぱらぱらと注ぐように入れて「よろしくね」と笑いかける。

押しのけるように狐火が現れて、数種類の別の葉を入れていった。

葉が混ざってしまったので、沖常に視線で問いかけると「この調合でいい」と言われる。

美咲は葉をすりつぶし始めた。


「わあ……新緑のいい香りがする」


「そうでしょー!」


緑坊主が鉢を覗き込んで「きみ、丁寧だね」と褒めた。

緑坊主がこの作業をした場合、力を込めすぎて葉を傷めたり、せっかく調合したものを鉢の外に弾いてしまうことがあるのだという。


「オイラ、雑! ってよく叱られるんだよね。でも、健康でいることが仕事だからいいの。

緑の神が頭の葉を最高の環境で育てるとー、日本の木々が元気になるんだぞ!」


にかっ! と笑う顔は、太陽の祝福を受けているようだと美咲は思った。


「上手に葉を砕いているな。よし、美咲、継続してくれ。

俺は網を作るとしよう」


沖常が糸をふんわりと浮かせる。

光沢を持ったものと、透明なもの、ツヤのないしっかりしたもの、三種の糸にのりを纏わせて、風を操ってくるくるとねじる。頑丈な一本の糸にした。それでも元が蜘蛛糸なので細いが。

糸が空中でダイナミックに動く。


「あっ!? お狐様、そのやり方はずるいですよ。いつも手作業で、時間をかけて作ってくれるのにー。

手間がかかっていないぶん神力が薄くなってます! 困ります。作り直して下さーい!」


ずけずけと上位神にお願いする緑坊主。

あまりに遠慮のない物言いに、聞いているだけの美咲の方がゾクゾク肝を冷やした。


(他の神様に甘やかされて育った影響なのかなぁ……?)


沖常が緑坊主の鼻先を指でぺしんと弾く。


「もちろんあとで補強するつもりさ。今日は時間がないので早く終わらせるんだ」


「いってぇ! ……あののんびり屋のお狐様がー!?」


「おや。今、暇人と言ったか?」


ニコリ、と微笑む沖常はけっこうな迫力をまとっていて、さすがの緑坊主も口をつぐんだ。

美咲はある可能性に気付く。


(もしかして。私の帰宅時間を気にしてくれている……とか?)


いつもバタバタと慌ただしく帰っていくので、気にかけてくれているのかもしれない。

美咲のそばにいた狐火が気持ちを察して、びしっと親指を立ててみせた。その通りらしい。


じぃん……と美咲が感動する。

丁寧に葉砕きを進めよう、と気持ちを新たにして、手元に集中した。

狐火たちがまた、びしっと親指を立ててみせた。

青い炎がゆらゆら揺れる。


沖常は白銀網をさっと編み上げる。

隙間がとても小さくて、まるで機織りした布地のようだ。

緑坊主が雑に生命力を掬っても、こぼれないだろう。

じろじろ網を見ていた緑坊主が、感嘆の息を吐く。


「お狐様の仕事、さすがに完璧だぁ」


「そうだろう?」


沖常はくいっと口角を上げた。

それから美咲の手元を覗き込む。


「ああ、ちょうどいい。良くできているな」


「はいっ」


美咲は嬉しそうに返事をして、沖常が持つ網をうっとりと見る。


「とても綺麗ですね……! 上品な光沢がある透き通るような生地、ずっと見ていられそうです」


「そうだろう!」


沖常がご機嫌に狐耳を立てたので、緑坊主が驚く。

(褒め方にもいろいろとあるのだ)と狐火がしたり顔で頷いた。


「砕いた葉の粉には、月光蝶の鱗粉を混ぜていく。それから清水きよみずをそそぐ」


大きな平盆の中に清水がそそがれて、粉と混ざり、特別な泉が作られた。

網が沈められる。

みるみる水分を吸い込んで、網は薄緑色に染まった。


「さあ、仕上げだ。去年の緑の生命力を凝縮した霧吹きを使用するぞ」


「さっき言っていた補強ってやつなんだね? お狐様、いろんな技術を持ってるんだなー。何千年と生きているだけあるや」


「年寄りと言ったか?」


一言余計な緑坊主は、また迫力のある笑みで沖常に叱られた。

「敬語とため口が混ざっているのもなんとかしなさい」とお小言も頂戴してしまう。

これについては「沖常様だってお客様への敬語下手じゃん」「最近ではもう諦めてるし」と狐火が噂をした。


しゅしゅっと霧吹きをかけていく。

そして西洋風のランプが登場する。


「”真夏の太陽”だ。みんな、直接見ないように」


沖常はそう注意して、ランプのスイッチを入れる。部屋に眩い光が満ちた。


(熱い!)


真夏の日向にいるかのよう。

美咲たちは腕で顔を覆う。

10秒ほどで、沖常がランプに遮光布をかぶせて、スイッチを切った。

みんながホッと手を降ろす。


網はもう乾いている。


「この網を神木に巻きつけて……。ほら、完成したぞ。緑坊主よ」


「お狐様、ありがとうございますー! でも力技が過ぎると思いましたよ」


「これは知恵と言うのだぞ?」


沖常が"生命力の捕らえ網"を渡してやると、緑坊主は「確かに頂戴しました」と納得した。

神具らしく、清らかな光を纏っている。

一般人の美咲には見えていないが。


(丸め込まれている……)


美咲と狐火が生あたたかく緑坊主を眺める。


「さあ。もう行きなさい」


「はーい! オイラ、明日の朝に仕事をしてきますね。

これから森まで遠征!

木々から立ち昇る朝靄あさもやをこの網で回収するんだよ。そして生命力の雫を酒にしてー、酒呑童子と一緒に杯を交わすんだー。そしたら緑がすくすく健康に育つぜっ」


緑坊主が美咲ににぱっと笑いかけて、自分の頭に生えた葉をつまんだ。

(少年が飲酒っていいの?)と美咲は思ったが、この緑坊主はきっと長く生きているし、人の常識には当てはまらないのだろう。


「生命力の濃縮作業はお狐様にお願いするから、また遊びに来るねー!」


「ええい、仕事をしにくると言いなさい。緑坊主に遊ばれると部屋が散らかるんだ」


沖常に面倒そうに対応されても、緑坊主はめげずに明るい笑顔のままだ。


「じゃあね!」


慌ただしく、吹き抜けるように部屋を出て行った。

緑の神の気持ちが昂ぶっているので、緑坊主の足先が触れた畳には様々な植物が芽吹いている。


「まったく、あの者はいつまでたってもそそっかしい……」


沖常たちが仕方なく、植物の芽を片付けた。

緑坊主が開け放して行った扉を渋い顔で眺めたが、口元は苦笑していて、後輩への愛情がにじんでいた。


「おきつねさん……私、神様ってもっと畏れ多い存在だと思っていました。こんなにフレンドリーに接してくれるんですねぇ……なんだか、カルチャーショックです……」


「ふれんどりー。かるちゃーしょっく。そうだなぁ……」


「あっ。親しげに、認識の違いに驚く、っていうことです」


さりげなく美咲にも年寄り扱いされた沖常は少しモヤモヤしつつも、美咲の言葉を肯定した。


「神々は人の信仰心から生まれた者が多いんだ。だから基本的に人が好きだ。長く大切に崇められていた場合には、その土地の人を守ろうとする。

自然から生まれた神も、成長するまでに人が関わっていることが多いな。

生まれたての神を見つけた昔の人々が敬い、その思念の強さにより神の存在が確立される。

人の感情の豊かさはとても面白くて尊いと感じている」


美咲を見下ろして、沖常が目元を和らげた。

初めて沖常を神々しく感じて、美咲が見入る。


「おきつねさんの成り立ちは……?」


「ん? 俺は生まれつき毛皮が白銀色の狐だった。

森でそれを見つけた地元の者たちが、子狐を神社に祀ったのだ。ほこらを建て、食べ物を供え続けた。

人々の熱心な信仰心を得た俺は、自然神として昇格した。

ーー長い年月を生きる間に、後輩の神もたくさん生まれた。

先ほどの緑坊主は風神の愛息子なのだ。今頃、木霊こだまたちと戯れながら生命回収の森に向かっているだろう」


「と、とんでもないことを聞いてしまった気がします……!」


「ははは! そうだ、とんでもないぞ? まあ、あまり他言はしないように」


美咲は頭をぶんぶんと縦に振る。


その様子を見た狐火が楽しげにパチパチ弾ける。


「明日、またこの店に来れるか? その時に仕事の予定を話そう」


「………はい」


美咲はふわふわした頭で、思わず頷いていた。





ところで、このシリーズには「天照大御神様」のような家系神話がある神様は出てきません。

もし登場するなら「太陽神」のような抽象的な別表現になると思います。


メインの雑貨店でのほのぼの触れ合いを描いていきたいので、神様界のどろどろ家系図は雰囲気を暗くするばかりかな、と……


自然神中心に、妖怪のような存在も下級神として登場します。

ざっくり八百万神様と思って頂けると。



いつも読んで下さってありがとうございます!

引き続き、四季堂を楽しんで頂けますように。

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