緑坊主と畳の芽★
美咲はつい流れに乗せられて、誘われるまま、店の奥の和室を訪れた。
ここは沖常の私室兼仕事部屋なのだという。
もちろん普通のお客は入れない、と聞いてくらくらした。
広い和室はすっきりと整理されていて、棚や箪笥がズラリと置かれている。
「物珍しいか?」
キョロキョロしてしまった美咲に、沖常が声をかける。
「あっ、じろじろと眺めてしまってすみません! ……はい。こんなに収納が多いお部屋は初めて見ました」
「それぞれに仕事の道具や素材が入っているんだ。眺めるのは構わないが、確認なく触らないように気をつけてくれ。手がかぶれるものがあるからな」
美咲がこくこく頷くので、沖常は(理解したならもう大丈夫だな)と手を離した。
緊張しているようなので「見るのは構わないから」ともう一度言っておく。
美咲がまた興味深そうに室内を見渡した。
「この娘、誰なんですかー?」
緑髪の少年がようやく関心を示して、沖常に聞く。
「うちの店でこれから働く予定の、人の娘」
「へぇ!」
興味津々で見られた美咲はぎくしゃくと会釈した。
「オイラは緑の神。みんなは緑坊主って呼んでるよ」
なつっこい笑顔を見せる少年に(また神様)と美咲が驚いて、「美咲です」と名乗ろうとすると沖常に口を塞がれた。
「神々に安易に名前を名乗らないように……。自分から名告げした場合、強力な縁ができてしまう。いいか、神々には厄介な性格の者も多いから、相手はよく選べ」
沖常が代わりに紹介する。
「この娘は美咲という」
「えーっ。お狐様、縁を独り占めですか? オイラは悪い神じゃないですよ」
緑坊主は頬を膨らませた。
「まあ、そうだが。人の都合も聞かずに美咲を何日も連れ出してしまいそうだろう? そしてどこかに置いて忘れてきてしまうこともあるのでは?」
「……あ。へへっ、昔の行いを指摘されると参っちゃうなぁ」
緑坊主がごまかすように頭をかいて、ぺろりと舌を出した。
「"神隠し"というやつだ」
沖常が美咲にささやくと、美咲は冷や汗をかきながら慎重に頷いた。
この緑坊主には絶対に名前を告げない、と決めた。
沖常はホッとしたようで、手を離す。
「確かに悪いやつではないが、緑坊主は移り気なのだ。何かしていても、すぐに気がそれてしまう。
神隠しをよくやらかしていたため、俺たち上位の神々が、遠方に忘れ去られた子どもと新たな家族との良縁を結んでやったり、人里に着くまで森の獣から守ったり……よく後始末をしていた。手がかかる幼神だったな」
「お、お狐様ー! ほんの幼い頃の過ちですから、そろそろ勘弁して下さいよっ。こーんな小さな頃の話ですよ!?」
緑坊主は自分の腰あたりを手で差す。
(その身長だと幼稚園の子くらいかな、それなら注意力散漫も仕方がない……のかも?)
美咲はそう考えたが、仕方がないとしても関わるのは怖いので、こっそり一歩下がった。
(おきつねさんは強引なところがあるって思っていたけど、丁寧に私の予定を聞いてくれたり、神様の中ではかなり常識人な方なのかもしれない……)
神様について自然に考えている自分に気付いた美咲は、はーー、とため息を吐く。
(人間、驚きすぎるといっそ冷静になるのかもしれない……)
緑坊主と狐火が追いかけっこを始めてしまったので、沖常が扇で風を起こして吹き飛ばした。
転がった緑坊主の髪が畳に触れると、なんと緑が芽吹く。
また不思議な現象を見てしまった美咲は、なんとか動揺を抑え込んだ。
「緑坊主、あとで直していくように」
「あはは! お狐様がオイラを転がしたのに? あっ、いっけね。はぁーい!」
忘れないうちに、とさっそく緑坊主が新芽を刈る。
風鎌を使って器用に切断した。
そして狐火が畳の表面を青い炎でさっと焼いて、処理完了。
「さて。生命力の捕獲網の作成だな?」
「うん、お狐様! お願いしまーす」
「承った」
(こ、これを手伝うの? 口を挟む隙がなさすぎて、うう、無理だって言い出せない……!)
「ところでお狐様のその頭の花飾りはなんだい? 妙に可愛らしいね」
「あぁ、これか。現代のはやりだそうだ。ハイカラだろう?」
「ハイカラだねー! オイラも真似しようかな!」
緑坊主が頭に小さな花を咲かせる。サンザシだ。
美咲の目が飛び出しそうになった。
(小花のヘアピン……っ!)
「はやりのものに敏感な彼岸丸様にも教えてあげようかなー?」
「鬼の話はやめてくれ。背筋が冷えて手が狂いそうだ」
沖常が少し毛を逆立たせ、ぶるっと震えた。
(神様たちにとんでもない流行を作ってしまったーーーーー!?!?)
そこに正座して指示を待っていてくれ、と言われた美咲はあまりの気まずさにおとなしく頷き、そのように動いた。