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帰り道

 


 いきなり引越しの話をしてきた叔母は、さっと逃げるように高級車の後部座席に乗ると、あまりにもあっさりと去っていった。


 美咲の手には、この薄暗い家の鍵だけがぽつんと残されている。





「美咲ちゃん。歩きながら話そっか?」


 夕暮れの空はだんだんと暗くなり、初夏のあたたかみのある空気が景色を包み始めていた。

 もうセーラー服でも寒くない。


 けれど千代がとなりにいると、ひやりと冷たくて「幽霊なんだ」と思い出す。



 叔母はこの家から持っていくものなんてなかったのかもしれない。


 美咲にとっても、この家から持っていきたいものはそう多くはない。

 あるとしたら私物が少しだけ。

 鍵がかけられているから、あとで取りに来たらいい。



 まずは歩きながら千代に説明してもらうことにした。


「あのね。この家庭環境はよくないとずっと思っていたんだって。でも神々は人を害することはできないから、どうしたものかなって見守っていたんだ。お気に入りの君に気分転換をさせながら。その結果、あのまま壊れてしまいそうだったからね。現代の子は繊細だね。さて、人には人の干渉が行われたわけ」


 人差し指をすらりと伸ばして、千代は自らを指差す。


「”怨霊のせい”」

「……そんな」

「そんなことはあってもいいんだよ。人は嫉妬深くて、私欲的で、贔屓だってするでしょ? 千代だってそうやって執着しているから毎年の夏に【四季堂】に現れるし〜。千代が美咲ちゃんを欲しくなったのであの店に呼びこむような悪行をした。ね?」


 ずいぶんな助けられ方をしたようだ。

 六月の雨で、素直になりすぎて私欲が止まらなかったことにしてしまった。


(……私を助けようとして、千代さんもおきつねさんも彼岸丸さんも影クンさんも、かなり無茶をしてくれてるよね……)


 それに見合うくらいの価値を自分が出せたとは、とても思えない。


 美咲が悶々としていたって、千代の軽快な説明は進む。


「さて、悪行には鬼の裁きがあるんだけど」


 おーこわ、と千代が腕をさする。


 美咲は石垣に頭をぶつけた。

 大丈夫? と千代にガチ心配されるほどのぶつけ方だった。


 がんがんする頭をハンカチで押さえて、美咲は反論する。


「そ、そんな。もしも彼岸丸さんたちになにか償わなければならないなら、私がするべきです」

「人の気持ちを考えてごらんよ、美咲さん。千代がやりたくてやったって、千代の心を信じてよ?」

「…………努力します…………」


 さすが物言いの貫禄が違う。


「えらいっ。これまでは・人の気持ちも・自己解釈、譲れないうちに・自傷になりけり」

「……たしかにぃ……」


 がっくりと肩を落とした美咲は、千代に「裁きってなんですか」と尋ねた。

 もうだいぶいじけている。

 自分が関わったことの責任を自分が取れないことが、こんなにも辛いのだとは知らなかった。


 向き合わなくてはいけない。

 誰かが自分にたくさんあたえてくれた事と。


 自傷して傷ついていればなんて逃げ方は、もうできなくて。

 救われた事に報いるためには、自分を大切にしてあげなくてはならない。



 千代は美咲の手を引いて、住宅街のはざまの小道を通っていく。雑草がさわさわと二人の足元を撫でている。

 からかうように。

 美咲はすこし意識して、草を踏まないようにしていた。

 けれどそれでは自分が石につまずいてこけてしまいそうだったので、ごめんっと思いながら草を踏みつける。


 それは雑草にとって当たり前のことであるし、けれど人間に気にかけてもらえたことからまた微細な神々が生まれるのだろう。


 千代がウフフフと笑っている。


「【四季堂】でご奉仕しなさい、だって♡」

「…………そ、それが鬼の裁き?」

忖度そんたくって言っていいよ」

「ありがたいことだと思っておりますので」


 必死に返事をする美咲に、千代が「ウフフフフ!」と淑やかな爆笑を返した。


「今年の梅舞いは見事だったそうじゃない? それで気を良くした神々が、あらゆるところに祝福を振りまいた。いわゆる当たり年、縁起の良い年になったそうだ。例えば、きみの叔母さんが株で大当たりしたり、千代の行き先がめずらしいところに着地したり……」


 大きな流れにまとめてしまえばエコ贔屓にならない!……ということだろうか。

 神様のおおらかさが存分に現れた方法である。


 そして叔母にしてみれば、株の大当たりに比べたら美咲との不仲などささいなこと、となったのかもしれない。


「与えられた福を良い方向に転がせるか、かえって不幸になってしまうかはその人次第だねぇ」


 美咲はくにゃりと肩の力が抜けてしまった。

 あんなに悩んでいたことが、するりと無くなってしまった。


(与えることで、変えてくれる。……神様ってなんて大きな存在なんだろう)

「わかるわかる。千代もそう思うよ〜」

「し、思考読まないで下さい」

「幽霊だからそういう特技があるの」


 千代とつないでいる手が、またひんやりと冷気をまとった気がした。

 美咲がぶるっと震える。


「美咲さんは弱くてよかったよね」

「……? なぜでしょう……」

「神様から与えられたものをきちんと素直にもらってくれたでしょう。嬉しかったと思うよ、関わった神様はみんなそうしてほしかったはずだから。千代はそうしてあげられなかったから」

「そうなんですか?……」

「昔、神様が守ってくれようとしたのに、自分のことは自分で決めるからって出て行って殺されちゃった。あとに残していった友達かみさまはとても悲しんでた。死んだあとになってようやくわかった、そんなふうにしたかったわけじゃなかったなって」


 美咲は想像してみる。

 自分がもしも死んだあと、沖常たちや真里たちが悲しい顔をしているところを。

 それは一番見たくないものかもしれなかった。


「弱くていいんでしょうか……」

「たった十数年しか生きてない生き物だもの。けれど不安にもなるんだよね、君は強くなろうともがいて叩かれちゃったねぇ」


 千代の手が美咲の頬に添えられて、ヒヤリとする。


「迎えてくれる家があり、数千年在る神様が見守り、そうして安心できてからようやく。安全に・頑張れちゃったり・するんじゃない?」

「じ、自由形」


 思わず五・七・五の感想を述べたあと、美咲はほろりと泣いた。


 今年は、当たり年だ。

 神様がこの現世にたくさんの福を注いだ。


「美咲さん、きっかけになったし、福の神の跡継ぎでもやっちゃえば?」

「まだまだぜんぜんまったく未熟で無理です」

「可能性に満ち溢れているよね?」

「……前向きですね……」

「君はまだ生きているからね!」


 千代がどういうつもりでそんなことを言ったのか、美咲はまだよくわからなかった。

 皮肉ではなく。かと言ってから元気で励ましている感じもなく、ただ思ったことをつらつらと流しているようだ。



 実は、こうした会話が千代にとっては昔の自分への償いであった。

 ”あのとき無口だったぶん、これからは余計なことも本心も、つらつらとよく流しておけ”……と、人形を創った彩りの神に言われたのだ。


 昔ながらの男形で作ろうとしたところを、子孫がハマっているTSアニメみたいにキャラチェンしてほしい!とリクエストして、さらにセーラー服女子高生ロールプレイをしているのは完全に開き直りだが。


 昔受け取る事ができなかったぶん、千代はたくさん笑うと決めたのだ。

 幽霊だけど、明るく楽しく美しく。



 生垣の上から、サカキの枝葉がちょこんと顔を出していて、千代の笑顔にぼうっと見惚れていた美咲の頭に直撃した。小さな女の子の花姫が枝にくっついている。

 そのような微細なものに気づくことができるようになったのは、美咲の視界が「ひらかれたから」だと千代は言う。


「花姫様、またね」

「この近隣には神道の家系がたくさん引っ越してきたようだ。このたびの神々のお祭り騒ぎに乗っかろうとしてね」


 美咲の顎がカクンとおちた。

 神々関係者、自由度が高すぎる。


「世の流れの中に千代たちは生きているからっ」

「千代さん。死んでいます」

「そうだった」


 電柱の影が震えている。

 初夏のホラーだが、どうせ影の神が大ウケしているのだろうと美咲は冷静に見定めた。


「私、いただいたものを返したいです。そのままつっかえすんじゃなくて、別の形で整えて、たくさんの感謝の気持ちを込めて」

「そういうのが弱い人間のいいところだよね」







次で、夏編のひとまとまりがおわりです。




そして来年には夏後半の、お盆〜秋を始めますね。



読んでくださってありがとうございます!



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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 今回も楽しく読ませて頂きました。 ……叔母さんの件はそう言う裏側が!? 余談ですが、千代さんの短歌(?) [譲れないうちに]は[譲れぬうちに]の方が 音的にも、…
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