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叔母の引越し

 

 教室につくと、席がひとつ増えている。

 いともナチュラルに美咲の隣。

 もちろん千代である。


 初夏の風にさらりと直毛の髪がなびいて、いとみやび


「最先端 この世の勉学 たのしみよ」

「一句よまないでください千代さん……」


 さっきからずっと五・七・五を聞き続けているので美咲は勉強に集中できない。授業中なのに。


 千代はその美しさで人目を集めて、言動のおかしさで集中力を散らしてくる。テスト前のピリピリした空気も、はんなりと柳のように受け流す。

 もっと波瀾万丈なのが素だったような気がするが……女子高生になりきっているのだろう。


「ほほーう。そんなに興味があるのなら千代さんに答えてもらいましょうかぁ」

「先生。千代は昨日の小テストが零点でしてよ」


 きれいに挙手して笑顔で言うことではない。

 美咲は咽せた。


「そうですよね。それなのに授業中に一句読み始めるものだから先生驚いているのですよ? いま数学ですよ? 答案用紙に漢数字を書くんじゃありません!?」

「答えがあっていればいいのですよねうふふ」

「答えがあってから言いなさいなそういうことは」


 ぷふっと噴き出す音があちこちで上がった。

 生徒のほとんどがお腹を押さえて笑いを堪えている。


 授業が進まないと困るけれど、生徒が煮詰まってきたタイミングでのみ先生が千代をからかうものだから、ほどよい息抜きとなっていて、クラスメイトからはわりと好評なようである。一句よもうが無視しているときもある。


 ひとつひとつに反応してしまっていた美咲も、やがて慣れてきた。「叱られて 改善点に 気づけたわ」というのが特にツボに入った。


 なぜ入学できているのか?

 幽霊パワーなのだろうか。


「千代さん。私が放課後に教えようか?」

「まあまあ! 美咲ちゃんよろしくね♡」


(すごい女子高生に馴染んでる……私だってハートマークがつくような声音で話したことないのに……!)



 なごやかに授業が進んでゆく。

 一限、二限、三限……


「美咲さん。しばらく休んでいたけれど、回答できますか?」

「はい」


 授業で当てられると美咲はスラスラと回答していく。

 学年一位の生徒を活躍させることで競争意識を刺激して、教室全体のヤル気を引き上げていく先生の狙い。いつものやり方とはいえ、しばらく休んでいたのに負担ではないだろうかと思っていたので、正解する美咲を見てホッとしていた。


「さすがですね」

「クラスメイトがノートを貸してくれました。予習復習ができたからです」

「学生の助け合いはとっても素晴らしいですよ。それに、美咲さんがこれまで真面目に勉強して基礎ができていたからこそと思います。日頃の成果ですね」


 美咲は周りの生徒に注目されたので、ちょっと顔を赤くしたけれど、うつむかずにまっすぐ前を向いて「ありがとうございます。引き続き頑張ります」と言った。


 クラスメイトたちは驚いている。これまでの美咲なら、はにかんですぐに着席していたおとなしい女子だったから。


 美咲の黒髪はつやつやとしていて、制服にはアイロンがかけられていてふわりと良い匂いがする。表情もはつらつとしていて、夏の日差しに負けないようなぴかぴかの若者に見える。

 千代が頬杖を付き、にんまりとしながら美咲を眺めていた。


「コラッ。お行儀が悪いですよ、千代さん」

「あなや」

「古風……それでは、四限目の古文の小テストを始めましょうか。それなら千代さんも得意かもしれませんものね。いえ、あの、筆と硯を出すのをやめてくださいね。習字じゃありませんよっ」


 どっ、と笑う中には美咲の声も混ざった。


 学校はこんなにも楽しいところだったっけ、と笑いすぎて引きつるお腹をさすりながら、美咲は不思議に思う。

 疎外感がなくなった。それは千代のおかげだなあと振り返りつつ、自分の気持ちを落ち着けてくれたのは【四季堂】の雑貨であり、真里たちとの縁のおかげでもあり。

 そして美咲自身の心が大きく変わったから。



「あ、お弁当……」


 お昼休憩になったけれど、今朝は家に寄っていかなかったからお弁当がなかった。


 買いに行こうかな、なにか購買で一番安いものがいい、と考えて立ち上がると、千代が服の袖を引いた。あいかわらず仕草の一つ一つが色っぽくて、まさか中の人が千年レベルのおじさんだとは思えない。


「美咲ちゃん。一緒に食べよう♡」

「重箱!?」


 二段の重箱。

 しかも紫陽花の風呂敷。

 美咲はピンときた。


「花膳……ですか?」

「そうそう。一段目は六月の花膳」


 漆塗りの見事な重箱を開けると、美しい彩りのちらし寿司が現れる。


「二段目は千代の手作り」

「お料理お好きなんですか?」


 ふふふふん、んふふふうふふ、ふふふふん♪ と千代が鼻歌を歌う。それすらも五・七・五。


 そして重箱の蓋をなかなか開けずにもったいぶっている。どうやら相当、現代女子高生を楽しんでいるらしい。


「千代、初めてスーパーに行ったのですわ。そうしたら四季の食べ物がすべてそろっていて驚いちゃった。冷房が涼しすぎて腕が透けちゃうかと思った"ですわよ〜"」


 キャラを模索中のようだ。口調がよくブレて、それもおかしい。


「とんでもないお嬢様だなあ、スーパー行ったことないなんて。真里みたい」

「あたしはお嬢様家系だけれどスーパー行ったことはあるしお使いもしたわよ!」


 ほのかと真里がにぎやかにやってきた。机を四つ繋げて、いざお弁当の二段目開封。


 色が地味ジャパニーズクラシックカラー

 懐かしいおふくろの味が詰まっていた。


 小さなおにぎりには、きざみみ生姜とごま塩が混ぜられている。出汁で煮たにんじん、山形産のさくらんぼ、焼きしいたけ、キンピラごぼう、辛子レンコン、フキ


「「「渋い!」」」




 あははははは!……と笑い声が教室に響く。女子高生の昼休みらしい時間。

 少し前までうつむきがちだった学年一位の少女みさきも、その輪の中に招いてもらうことができたのだ。


 そんな幸せなときにもふと、思い出す。

(今日の夕ご飯、どうしよう。叔母さんの……)

 美咲は少し長めに瞬きをして、目を閉じた一瞬で考えた。

 冷蔵庫の余り物から考えたら、メニューは、すべての具材を放り入れたカレー。

 叔母はあまり好まないけれど……。


(キツイことがあったとしても、私には、みんなといる楽しい時間もあるから、大丈夫)


 きっとそうやって人は生きていくのだし、どこかで眺めている神様の娯楽にもなるのだろう。

 鞄の中には、緑神からの手紙が入っている。




 家に帰ってから、緑神の手紙を読むつもりだった。カレーを作って、一週間放置していたという家事をこなして、なんとか一人の時間を作ってから……あの舞台の名残をじっくりと味わおうと思っていた。おそらく悪いことは書かれていないだろう。


 けれど、それ以前に、


「……家はこちらなんですか……?」

「違うよ?」

「……?」

「千代は一緒にいたいだけ♡ ねっ後輩ちゃん」


 夕焼けの帰路を、千代がどこまでもついてくる。

 途中で消える・・・か、帰るべきところに行くのかと思えば、まさかのもうすぐ美咲の帰宅だというのにまだ隣にいるのだ。


「あ、あのね。家に友達を連れてきたことがないから怒られちゃうかも……」

「千代は昔の人たちに嫌われてたから、なんてことないの♡」

「そ、そんなこといわないで」

「今の子って感じねえ。優しい世の中になったねえ」


 どう返事をしようか迷っているうちに、影がささやいた。


「神様たちが人を信じていてくれたからかもしれません」


 美咲の声マネまでして。ということは、美咲の心はそんな風に感じているのだろう。


 バッと後ろを振り返ったけれど、そこに影の神はいなくて、ただ夕焼けがさらに深まり街全体が暗くなっているところだった。


「ほんといい子でおじさん涙が出るよぅ……!」

「千代さん、セーラー服着ながらおじさんっていうのやめてください」


 ギャップが酷いから。

 見た目は儚い美人なのだし。


 ふりかえったときには遠くにいた車が、近づいてくる。

 そして美咲たちを通り越して、家の前に横付けされた。


「ええ……?」


 玄関から人影が出てきたので、美咲は緊張しつつ目をこらす。


 叔母はきちんと化粧をしていて、スーツ姿だ。しばらく外仕事をしていなかったので少々型遅れだしお腹のボタンがきつそうだけれど、人目を気にした格好であると言える。そんな姿でどこにいくのだろうかと、美咲にはまるで心当たりがなかった。

 車に乗って行く前にと急いで声をかける。


「お、叔母さん」

「……なに。帰ってたの」


 叔母は気まずそうに顔を逸らして美咲の方を一切見ない。


 頬に怪我をさせてしまった負い目があるのは明らかで、しかし謝る誠意はないらしかった。


 美咲の背後で、千代の目がすうっと細くなっている。


「引っ越すんだよ」

「え? え?」

「東京だから」


 叔母はなにやらインターネット経由でお金を貯めていた。それで引っ越しの目処が立ってしまったのだろうか。

 一切聞いていないが、美咲だって一週間行方をくらませていたのだ。その間叔母がどう過ごしていて、どのような心変わりがあったのか、知らない。


(そんな。最近やっと楽しくなったのに……)


 ごつい車を見て、叔母は一瞬にやりとした。そういえば高級車だ。

 インターネットでお金を稼いで、これからいい暮らしができると思っている。いい暮らしってなんだろう、と美咲は知っている。

 きっとそれは、笑いあえる環境のことだ。


「一緒には……いけません……ここに……いたいです……!」


 パチン!と影が弾けたのは、影の神が拍手をした音のようだった。


 美咲はまっすぐに叔母を見ているので気付かなかったが、千代は笑みを深めていた。


 その千代を叔母が指さす。

 瞳はぼんやりとうつろで。

 なにかに取り憑かれているように危うくて。


「はあ? 遠縁の家が近くにあるってわかったから、あんたのこと預かってもらうはずじゃない。だからそこの女子がいるんでしょ?」



 幽霊パワー。







読んでくれてありがとうございました!


ここの世界観の神様は祝福屋さんなので、幽霊千代がいろいろとやったんですよね。人は欲だから



次か、次々くらいでひとまとまりにできそうです〜!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] お弁当のくだり、前話で『美咲、紫陽花姫がくれた花膳があるからお昼ご飯に持っていきなさい』って事で持たされている。 なのに千代が持って来たりなど話が繋がってない。
[一言] 更新有り難う御座います。 今回も楽しく読ませて頂きました。 ……あれ? ……叔母さんが!?(神様ぱわー!?) 五七五 ずっと喋るの 難しい 咲く華の 艶姿(えんし)を詩(うた)う 花軍…
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