初めまして、狐火・炎子
「おおおおきつねさん! おきつねさぁん! あ、あの、子どもが炎にっ……可愛い炎が、こっちに!? わーっ! 一体何事なのでしょうかぁー!?」
美咲が驚きのあまり沖常の背中に隠れて、言葉を噛みながら叫ぶ。
狐耳の子どもが炎になるなんて、常識が悲鳴をあげている。
ふわふわ浮かぶ小さな青い炎には可愛らしい表情が浮かんでいて、美咲をじーっと見つめ続けている。
「怖いか?」
「!」
沖常は穏やかに美咲に問いかけた。
炎がその場を動かなかったので、美咲もだんだんと落ち着いてきた。
「…………えっと」
そおっと沖常の背中から顔を出して、炎を眺める。
あどけない子どものような顔がにこっと笑いかけてきて、嫌悪感は感じなかった。
むしろとっさに「可愛い炎」と叫ぶくらいに美咲の感性に合うようだ。
「おきつねさん。あの、炎を怖いとは感じていない……と思います。でも、何か分からなくて混乱しています」
「よし」
沖常はニコッと微笑む。
「全く沖常様は……」
「炎が喋ったぁ!?」
美咲がぎょっと肩を跳ねさせると、炎はイタズラっぽくニヤッとして、くるくる浮遊した。
そして、店の奥からさらに三体の炎が飛び出してきて、美咲を取り囲んで舞う。
「ひゃああああっ!?」
沖常の着物をぐいぐい引っ張り、美咲がすがりつく。
「これこれ。お前たちよ、いきなり美咲に懐きすぎだろう」
「「「「沖常様みたいに?」」」」
「……」
沖常がしっしっと手で払うと、炎はぶーぶー文句を言いながら下がった。
「まあ確かに荒療治だったけど」
「美咲、別に怖くないって言ったもんな」
「だから、つい」
「張り切ってしまったというわけ!」
炎がポポポン! と弾ける。
胸を張っているようだ。
それからくるりと一回転し、四人の子どもに変化した。
美咲が目を丸くする。
「「「「驚かせてごめんね?」」」」
「……う、うん」
よく似た四人に上目遣いで謝られて、美咲はこくこく頷いた。
子どもたちは内心「ちょろい」と舌を出している。
好奇心に満ちた瞳で美咲を見つめ続けるので、美咲は困ったように沖常を見た。視線のリレーだ。
「これらは"狐火"だ」
「き、きつねび……?」
子どもたちははにかむと、炎に変化、それからまた人型になってみせる。
ここまで見せられては、美咲もこの非常識を受け入れるしかない。
「子ども姿の時には"炎子"と呼んでいる」
「は、初めまして、炎子の皆さん……」
美咲のぼんやりとした反応を眺めて、子どもたちはケラケラ笑い声をあげた。
「ん! よいよい。ねぇ沖常様、美咲の反応面白い」
「登場を凝った甲斐があったな」
子どもたちが「よろしく」と声を揃える。
美咲はギクシャクと会釈した。
落ち着かなさそうに沖常をまた見上げると、
「そろそろ動いてもいいか?」
「あ……! おきつねさんを盾にしてしまっていました……ごめんなさい!」
慌てて手を離したが、上質な着物がシワになってしまっている。
緊張してがっしり掴んでしまったからだ。
(ああああおきつねさんを盾にするなんて失礼なこと言っちゃったし、着物は崩れさせちゃうし、もう! 私のバカ!)
美咲は自分が不甲斐なくて涙目になり、心から謝ったが、沖常と子どもたちは肩を震わせている。
笑いを堪えているのだ。
「盾か!」
「なんと強力な盾だろう」
「もう最っ高」
「ほぼ全ての悪霊や悪意が祓えるぞ」
子どもたちは狐火に戻り、パチパチと弾けた。
人型のまま床に転がって笑っていたら行儀が悪いと叱られるのだ。
「ふはははっ! 盾ときたか! よいよい、それだけ俺は美咲に頼られていると受け取ろう。信用できない者は盾にもしないだろう? ふっ、はははは!」
「ああああ……すみません……!」
沖常も目尻に涙をためてお腹を抱えている。
嫌われなくてよかったけど複雑、と美咲がしょんぼり眉尻を下げた。
沖常はしばらく笑い続けた。
「今回のように、不安な時には遠慮なく頼るといい。俺にできる限り助けてやろう」
そしてそんな風に甘いことを言うので、美咲は頭がくらくらした。
混乱と申し訳なさと、あまりのありがたさで。
「沖常様の"できる限り"……? 美咲は本当に最強の盾を手に入れたなぁ」
「「「ひょえぇーー」」」
沖常の「できる限り」の範囲がそれはそれは広いのだと、狐火たちはよく知っている。
沖常が手のひらを差し出す。
「せっかくの良縁を大切にしたいからな」
「あ、ありがとうございます……!」
美咲は思わず手を握った。
同意で握手して、また絆が深まった。
「ああ。ところで、この店で働かないか? 美咲よ」
「!?」
会話の流れがずるーい、と狐火がひそひそ話す。
美咲に恩を売ってから、お願い事を言い出したのだから。
このために姿を見せて美咲の反応を測った狐火たちもずるいのだが。
主人とともに期待した目で美咲を見つめた。