雨上がりの虹
花姫もどき、黒い指先、枯れた髪。
浄化の雨を浴びて、ぽたぽたと端から崩れていった。
噛み締めていた唇がほろりとほどかれて、黒い泥となって還っていく。
それらを拾い集めた紫陽花姫が下界に向けて放ってあげた。
六月の雨に育てられた大地にまたもぐりこむ。
やがて栄養をしっとり蓄え、植物をたくましく伸ばす素となるだろう。枯れたものは他の糧となる。自らもそのようにして生まれてきた。植物には植物の、巡る育ちかたがある。
まるで握手ネ、と紫陽花は唄った。
畳には、人の念だけがべったりとこびりついている。
それは靄のようにかすみながら、粘着質にぐらぐら動いていた。
緑神のため息によって外に流れていった。
神と混ざらなくなった人の念はここには存在できず、ふうと消えていく。
重い想いは、下界からも集まってきてもくもくとした入道雲になる。盆が過ぎてもっと集まれば、やがては秋を連れてくる台風にもなるだろう。
「そうなったらまた次の祭りだぞぅ」
「風神雷神が活気付くなあ」
「わはは」
風神が大声で笑い足踏みすると、その衝撃で神々がぴょこんと跳ねた。
彼は、緑の肌の大男へと変化する。
となりの雷神は赤い肌の大男へ。
どどんと胸を叩くのは、たのもしい太鼓のようだ。
小雨になってきたので、神々は舞台にやってきて足踏みをする。まるで田舎の子供がはしゃいでいるかのように、水たまりをふんずけて飛沫を散らした。沖常たちが踊っているのをみて、羨ましくなったのだ。縁起には縁起を重ねておくのがよいのだし。
唄え、騒げ。
(今が、泣くのにちょうど良いタイミングかも)
美咲はずっと堪えていた。
今朝、悪意をぶつけられてから。
花姫とまざっている人の念は叔母の雰囲気そっくりだった。
ずるくて妬ましい、と睨まれて怖かった。影の神が間に入ってくれていても、その怒りの対象は美咲だったから。
叩かれた頬が痛かった。叔母にあんなにも冷たくされる理由を、影の神から聞かされた。そのものの姿を映しているとき、どうやら感覚が混ざるらしい。
神様として影が察した叔母のやつあたりを、まざまざと知ってしまった。
これからはなおさらともに生活するのが難しくなるだろう。嫉妬ならば、自分がなにかを改善して解決するものではない。
ぽつりとにじむ、不安の涙。
けれど白銀狐が迎えにきてくれて嬉しかった。
今度こみあげてきたのは嬉し涙のはずだ。
神々が雨降る空に視線を向けているその後ろで、美咲はひっそりと狐面を取って。
雨を受けるようにして、泣いた。
沖常だけがその表情を眺めることができていた。
「って……ぐす、こっそりしてたのにぃ、どうしてこちらを見てるんですか……うう、恥ずかしくなってきました」
「ん? そうだなぁ。彩りの神だからいいものには惹かれるんだ」
「そうですかぁ……そうですか……」
美咲の声はどんどんしぼんでいって、小さく消えていった。
その美咲に祭り衣装の薄衣をすっぽりかぶせて、顔を隠してあげて。
沖常がくるりと舞ってみせる。
白銀の尻尾は様々な色をはらんで、筆のようにしなやかに揺れた。
線のように細くなった雨はよりいっそう鮮やかに、鏡のように周りの景色の色を映して美しい。泣きながら美咲は微笑んだ。
上位の世をまるっとまたぐほど大きな虹が悠然と現れる。
黒がひっそり混ざっていたのは、影の神のほんの遊び心だったようだ。
***
「一週間〜〜!?」
「「一週間――!」」
美咲はスマホを落としそうになった。
おそらく、やっと電話が繋がったほのか・真里も同じような状況になっていただろう。
あの上位の世で過ごした時間は、現実よりも「ゆったり」していたのだ。
(1000年単位で生存してる神様ばっかりなだけあるよ! さすがに……さすが? 褒めるべきところではない)
美咲もよほど素直にものごとを観れるようになっていた。
なにせ一週間分、落ち込み、悩み、望み、挑戦していたのだから。
読んでくれてありがとうございました!
明日も更新します₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
あとのまとめ、って感じです。
今回 詩的になっているのでもうちょい地に足つけてまとめますね。