梅舞いの舞台
スイっと顔を近づけてきて何をするのかと思えば、
「ところで、着付けの感想は?」
「はいっ!? えええと大変よくお似合いです」
白銀に梅模様が刺繍された布地は、沖常の白銀の毛色ととてもよく馴染んでいて、平安風のゆったりした着物ということもあり、九尾の尻尾とともに“ぶわり”と存在感を放っている。こんなにたくさんの神々がいるのに、沖常が一番に目に入る。
……というのは美咲の贔屓目ももちろんあるのだが。
「おきつねさんは豪華な衣装を着ていても自然なんです。いいものが、おきつねさんに馴染んでいくっていうか。その、上手な褒め言葉が出てこないくらい見惚れています」
「そうか、そうか。じゃあ見惚れていてもいいよ、こっちがしっかり手を引くから」
「ひひ引っ」
「さっき約束をしてもらったから」
「ああああはい」
「うん、諦めてくれたか。ははは。さっき決めたんだ。美咲に捧げるつもりだった舞いを、一緒に踊ることにしようって」
「それはなぜそうお考えに?」
「楽しそうだから」
「えっ!?」
「楽しそうだから」
そして今の美咲なら一緒に楽しんでくれそうだから、と。
からからと沖常が笑う顔が、この梅雨の間に見たこともなかったくらい晴れやかで、美咲は目をまん丸にして見入ってしまった。
楽しそうなことに誘われて、こんな表情の側で踊っていたら──それはさぞかし素敵な思い出になるに違いない。
(あ、梅姫たちも同じようなこと考えてニヤニヤしてる? これはもうだめだ、注目から逃げられないやつだ〜)
心配事といえば、ひとつだけ。
「失敗は許されない舞台なんですよね? おきつねさんが何日もかけて尻尾をなじませていたくらいに」
だから緊張していると伝えたら、失敗は舞いの動きに組み込むから大丈夫……と言われた。
「あれは、まあ……心乱れていたぶん長くかかったんだよ……」
「「わっしょーい!」」
「花姫たちが湧いているな」
「すごい祭囃子ですね……」
「そう、祭りにするのさ。祭りというのは縁起物だ。美咲がこれらの神々に影響を及ぼしたことを、たいそう良かったのだと決めてしまおうというわけだ」
さっき、緑神に念を押された。
沖常がさらに鑑賞者を増やしてまた流れを乱したのだから、それを解決するためにも、さらに縁起よいことをしろ。
──つまりもっと面白いものを見たいと発破をかけられたのだ。
それにしたって。と美咲は気が遠くなる。
「畏れ多っ!?」
「盾と呼んでくれてもいいのだぞ?」
にっこり。沖常が笑いかけてくれたのだが、これはまさしく「白銀狐様」とひれ伏してしまいそうな圧であった。
(雑貨店ではやんわりと接してくれていたけれど、本来のおきつねさんってこーいう感じ……? いや、というか、自分のせいにしてくれているんだろうなぁ)
美咲が、「決めて欲しいです」と宴に連れてきてもらったときから。
いろいろと強引に、引っ張り上げようとしてくれている。
さりげなく、すべてのものからの盾になってくれている。
(神様は、約束を破らないんだっけ……)
狐面ごしに見る沖常の表情はやっぱり優しい。
不安にさせないようにしてくれている。ちっぽけなたった一人にここまで。
(人間の方が待ち合わせの約束を破ってしまったって、そんな弱いところも愛おしいと、言い切ってしまえるのが神様なんだもんね……)
いったいどれだけ愛情が深いのだろう。
きっと美咲が懐に飛び込んでいったって、まだまだ溺れきれないくらいに。
上手に手のひらの上で踊らせて、愛でてくれることだろう。
(私も……もっと余裕のある大人になれたら、おきつねさんに思いやりをあげられるかなぁ)
きっと、思いやりのいいところを見つけて、受け取ってくれるのが沖常だから。
その未来を夢見て。
掴みたければ、挑戦してみるしかないのだ。
美咲はやっと、自分から沖常の手を握った。
「──祭りだから、はしゃいでしまえたらそれが一番いいんだ。正解だよ」
沖常は大きく後退する。
それに美咲が「ワッ」と声を上げると、いたずらな表情を浮かべた。
楽器が軽快に鳴り始める。
ぶわっ、と空気を蹴るようにして、沖常は天高くとびあがって、ストンと舞台の端っこへ。
抱えられていた美咲は息をするのも忘れていた。
「っっっ! たっタノシイデスヨ!?」
「そりゃあ、そうさ? っははは」
大きく笑うと、鋭くなった犬歯が覗く。
獣っぽい、と思った瞬間、獣らしいしなやかで俊敏な動きで、床を蹴り、空中でくるりと回る。
腕でしっかり支えられているとはいえ、(アグレッシブうううううーーーーー!!)
ずらりと舞台脇に揃った神々が手に楽器を抱えて、弦を弾く。
ベベベン、ベベベン、と軽快にはじける音に合わせて火花がパチパチと光る。
太鼓がドンと空間を震わせた。
リィンリィン、と風鈴のさわやかなしらべは緑坊主が下界の風をはこんできたのだ。
梅姫が舞台の中央でくるくると踊り、その周りを沖常の大胆な舞いが彩ってゆく。美咲も巻き添えだ。
紫陽花姫がグッジョブサインをしながら感極まって泣いて、舞台上には六月の雨がしっとりと降り注いだ。
天気は快晴。
狐の嫁入りねぇ、と観覧席の花姫もどきがつぶやいた。
しっとりと雨に濡らされた梅姫の白い髪は、まあるい後頭部の形をあらわにして梅の実のよう。
梅よ、青々と爽やかになあれ。
梅よ、黄色くまろやかになあれ。
梅よ、紅々と甘やかになあれ。
さまざまな梅のため、そして口にする者のための祈り。
梅姫は瑞々しく、雨を浴びてここちよさそうに微笑んだ。
ピィィィ、と高い笛の音によって、六月の梅舞いの舞台は完了となった。
これから最も暑い季節がやってくる。
読んでくれてありがとうございました!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
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