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彩りの神の法則

 

「人の心が入り込んだ神々は、よく語るものだなあ」


 沖常が、ふう、とため息。

 花姫もどきは圧をくらって「ぎゃあ」と一歩引いた。

 ゾワワっと影の神も震えたほどだ。


「おおおきつねさん、心を乱されていませんか?」


 沖常はこの九尾の姿になるにあたって、感情が乱れやすくなるそうだ。

 そしてそれは現世の彩りにも影響を及ぼすらしいのに……と美咲はハラハラしている。


「大丈夫。呼んでくれてよかったよ、ちょうど、事情を全て聞いたあとに来ることができたからね」


 ホ、と美咲は胸をなで下ろした。


「おきつねさんを着付け終わりの一番初めに呼びつけてしまって……それなのに躊躇なくきてくれて、嬉しいという以上に有難いという気持ちです。って、うわわ!?」


 背後からスっと手を伸ばされて抱きしめられたので、美咲は心臓が止まったかと思うくらいびっくりした。

 影の神がこっそりとジェスチャーしている。

(い・ま・の・か・れ・は・情緒・きゅう倍)

 心配しまくりかばいまくり神様になっても仕方ない、ということなのだろうか。



「神は、人を助けるものだから」


「……! 優しすぎるなあと思います。おきつねさん、いつもお礼を言ったりするくらいで足りていますか?」


 とくに今回はきゅう倍らしいから、対価も九倍になったりしないだろうかとも思う。


「一人の神に対して、たくさんの人々が少しずつ祈ってくれているから足りる」


 ほかにも願いがあるなら言ってごらん、と沖常はいう。

 美咲が口ごもっているのを察して。


「……じゃあお願いがあるんですけれど……」


「いいよ。あとで一緒に過ごしてくれるなら聞こう」


「え、えっ? そうなんですか?」


 よくわからない流れだったけれど、美咲はとりあえず頷いた。


「こちらの花姫さん、人の念に連れられてここまできてしまいました。まだ、誰かを傷つけたりしていません。穏やかに本来あるべき流れに戻してあげられませんか?」


「……傷つけていない?」


 沖常は美咲の頬に触れる。

 さっき狐面を叩いたときに爪が引っかき傷を作っていた。


 真顔だ。まさか怒っているのではないかと、美咲は恐々としつつも、見つめ返した。

 被さるように後ろにいるので、真上にぐっと顔を向けている。


「傷ついていないんです」


「美咲こそ人の身にしては優しすぎると思うよ。ふむ、そういうことにしてあげよう──」


 沖常は髪につけていた飾りを一つ外すと、白梅の花びらをつまんで外し、美咲の頬にそっと乗せて彩りを添えた。

 すぐさま馴染んですうっと消えると、傷などもともとなかったかのように白磁となった肌がある。

 影の神が(ひえ)と息を呑んだ。


(エーーちょっと神と混ざっちゃったけど……いいのぉ? 彩りの神……巨大感情全部抱えた九尾の獣だし、まあ事故くらいあるよね。おもしろーい)



「……うちはもう消えてしまった方が……!」


 沖常が放つ「圧」に耐えられなくなったのだろう。

 がくりと膝をついた花姫が、声を震わせて言葉をこぼした。どうやらもう立ち向かってくることはなさそうだ。

 ぽろぽろと黒土が畳を汚す。


「やれやれ、今度は泣き落としなのか?」


 沖常は意外にも、穏やかさを保って花姫もどきに話しかける。真顔だが。


「今のお前は、人間と混ざっているからこそ、神々に施されてもよいと言える」


 それが沖常たちのルールなのだ。


 沖常はくるくるとおかしな手つきで美咲の頭を撫でる。その一瞬で、乱れていた髪が元どおりに直った。


「このたびの宴はもともと、人間が鑑賞するという珍しい流れがあった。だからそこに来てみるといい。ここですぐさま消えるよりも、学びがあるだろうからね」


 花姫もどきはぽかんと口を開けている。

 その伸びきった顎に、閉じた扇の先端を当てて、口を閉じさせた。沖常の舞いの服を汚せないため、こうするしかなかったので。


「神々は人のどのようなところを好きだったか──思い出してごらん?

 例えば、学んで生み出していくところ。彩りの神としては、人の新しい道具にいつも惹きつけられるし、俺が作ったものについて人が感想を言うのもまたよい。そのような、学びから生まれるものがあるといいな」


「……うちが、宴を見せていただくことで抱くものは、お狐様にとって意味がある、ということでしょうか……?」


「そう」


 信じられないような心地だった。そのように必要とされた経験がなかったから。


 もともと花姫というのはたくさんの花の中の象徴だ。末端の一輪だけの意味などなく、一輪一輪が協力してひとつの花姫を保っている。花姫のままであるならそれに疑問など持たなくてよかった。人の念が混ざってしまったから、目を向けられない境遇が苦しくなってしまったのだ。


(それが、救われるの?)


 たった一体として慈しまれるという特別な体験が、たまたま、偶然、この花姫に訪れた。


(幸運でしたね)


 美咲はもらい泣きしそうな気持ちですぴ、と鼻をすすった。



「これをあげよう」


 沖常が、二つ目の白梅の花びらで即座に“創った”のは、招待状だ。

 このたびの舞台への誘い。


「そんな。そんな、そんな……!」


「受け取ってもよいものだ。混ざりの花姫。もとよりお前のことは任せると梅姫に託されていたしなぁ。影の神とともに対策していたくらい、お見通しだったから。さて、この招待状の対価は……舞いをみた感想を神々に伝えることだ」


 頭を畳にこすりつけて、花姫もどきは招待状を受け取った。

 汚れた部分や崩れた脚を、沖常が"創り直す"。


「見事な彩りだネ、さすが!」


「うちは雑貨店だからな。──と……ううむ、この部屋だけの話にしておいてくれ。宴のときに店の営業活動をしないことと、美咲を特別扱いしないことを、人の世で約束しているから」


 にこにこと話を聞いていた美咲は、思わぬ義理堅い好意を真上からこれでもかと浴びてしまい、さらに花姫もどきと影の神にガン見されてしまったので、顔を真っ赤にした。


(なんでそこまでしてくれるんだろう。私が人間でおきつねさんが神様だから、だけ……ではない……よね……?)


 おそらく好意が特盛りになっている。

 それくらいもう、美咲にだってわかる。


 影の神が何か言いたげに、口元をムズムズさせている。

 さっきまで美咲の心の底を映していたのだ、なごりで今の美咲の心境だってわかっているのかもしれないが……ここで全部言われてなるものか。いつか自分で言うほうが、きっといい。


「おきつねさん! 宴の踊り! 楽しみです!」


「ああそうだ。時間が」



 ジリリリリリ! と目覚まし時計のけたたましい音が鳴り響く。


 ああ惜しいっ! と障子の向こう側から梅姫と紫陽花姫の舌打ちが聞こえてくる。



「「……」」


 沖常が狐面を拾って、かぱりと美咲の顔につけてやった。


 からりと障子を開けると覗き見をしていた面々がサッと散った。



「いつまで着替えをしているつもりなのだ、白銀狐よ」


「緑神、言いたいことはそれだけか? 貴方まで覗き見を……」

「ごほんっ」


 新緑の香りがぶわりとひろがった。

 爽やかで、ひどくごきげんな証であった。


 つまりは沖常たちの話し合いは大変よい娯楽となっていたようだ。



 人の想いが神たちを形あるものとして創り、神たちはかわゆい人へと施しを与えてきた。


 その流れを実に心地よくなぞり、そっとラブロマンスを加えた沖常たちの様子に、神々は大満足したようだ。


 さて、神話のように語られることは神々の憧れである。このたびの沖常たちの物語に加わることができるのであれば、踊りも張り切ろうというもの。



「舞台は整っています」


 梅姫が遠方から声を張る。

 早く、早く。

 この高揚した気持ちのまま舞えば、きっとよい梅舞いとなるだろう!


 紫陽花姫が持ち前のながぐつとレインコートを被せてあげて、花姫もどきを観客席に誘っていく。



「美咲も、行こう」


「………。………! あの、行き過ぎじゃないですか!? 宴の舞台にまで行ってしまいますよっ」


「さっき、一緒にいてくれると約束をしただろう?」


 まさか、踊りの最中に?


 なんという約束をしてしまったのだろうと、ごきげんにモフモフと揺れる九尾を視界いっぱいに眺めながら、美咲は目を白黒させた。


 そして、自分で言っておかなくてはと思った。

 六月に素直さを借りて。


「一緒にいたいですっ!」


 ぴこり、と白銀の耳が揺れた。





読んでくださってありがとうございました!


明日も更新しまーす₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑



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